第五百三十四話・魔道具の予定と王族
郊外ということは移動に時間がかかる。
身支度を終えると、御者のおじさんに頼んで連れて行ってもらう。
申し訳ないが護衛用の騎乗馬と御者付きの馬車は、初日からずっとゴリグレン家から借りっぱなしだ。
今回はティモシーさんも騎乗ではなく、一緒に馬車の中である。
「アタトくん、昨日の件だけど」
やはり教会関係者としては、そっちが気になるか。
「はい、なんでしょう」
「本当になんとかなるのか?」
心配そうな顔をするのは、きっと教会より僕のことを気にかけてくれているのだろう。
どう考えてもヤバそうな案件だからな。
僕はティモシーさんを安心させるように微笑む。
「要するに、『異世界の記憶を持つ者』の意思を確認する魔道具が他にもあればいいんです」
「はあ?」
ティモシーさんが素っ頓狂な声を上げた。
「当てがあるのか?」
「ありますよ」
断言すると驚愕の顔がますます驚いた顔になる。
面白しれぇ顔。
『アタト様、失礼ですよ』
「あ、ごめんなさい」
モリヒトに叱られた。
こちらにはサンテがいる。
無属性魔法『鑑定』持ちで、異常な魔力量を持つ少年。
今は魔法を強化している最中だ。
もうじき真贋だけでなく、『異世界の記憶を持つ者』の意思を確認出来るようになる。
その魔法を魔石に刻み、新たな魔道具を製作すれば良い。
それなりに準備は必要だけどね。
しかし、これが教会や王族に知られるとサンテの身が危ないため、ティモシーさんにも内緒だ。
教える気はない。
馬車の速度が落ち、大きな建物が見えてきた。
周りは厳重そうな石塀に囲まれている。
「王族の別邸らしいよ」
王族関係者の病人や訳ありの人物を隔離するための屋敷だという。
いやあ、立派過ぎて、まるで城のようだ。
玄関には護衛の父娘が待っていた。
「こんにちは」
僕は気軽に声をかける。
「ご招待ありがとうございます」
ティモシーさんはキチンと礼を取った。
「ようこそ」「ご案内いたします」
険しい表情の父娘に挟まれ、建物内に入る。
まるで囚人が連行されるみたいな緊張感が漂っていた。
きっと僕たちをこの城に入れることを反対していたんだろう。
でも、馬車は帰されていないので、牢にぶち込まれるようなことはなさそうだ。
僕たちを帰す意思はあるらしいからな。
「ようこそ」
ティファニー王女は庭に面した明るい部屋で待っていた。
「ご招待頂き、光栄です」
僕たちは揃って礼を取る。
ソファを勧められて座ると、中年の侍女が紅茶を運んで来た。
それを飲みながらしばらくは雑談。
「この辺りは畑作地帯ですか」
季節が冬であるため、窓から見えるのは見渡す限り雪景色。
首都の中心部や高位貴族の屋敷や宮殿のある地区は除雪がしっかりしていて、郊外に向かうほど積雪が増えた。
窓から見える平地が全て畑なら、かなり大規模な農園だろう。
石塀が遥か先まで続いていた。
「ここは王女殿下の所有地ですか?」
「え、ええ、まあ」
ん?。 反応が微妙だなあ。
「お食事の用意が出来ました」
侍女さんに案内されて食堂に移動する。
なんだろう?。
人の気配はするのに、廊下にあまり人影を見かけない。
最低限の人間しか人前には出ず、後は見えない場所で動いているという感じだ。
何故、そんなことを?。
「アタト商会の食堂は『異世界風』の食材も扱っているとか。 気に入ってもらえると嬉しいわ」
「ええ。 大国ズラシアスには珍しい料理がたくさんあると聞いて楽しみにして来ました」
料理が運ばれて来る。
「あっ、コレ」
餃子もどきのスープだ。 つまり水餃子である。
「美味しいです。 野菜もシャキシャキしてて」
スープにも餃子の中身にも入っているのはキャベツぽいな。
「ええ、ここで作っている野菜はどれも美味しいのよ」
へえ。 自給自足かあ、羨ましい。
「野菜だけですか?。 麦とか、ほら、あのライスとかは?」
「ふふふ、詳しいのね。 ライスはもう少し暖かい地方で作っていますわ」
そっかー。
作っている場所を一目見たかったなあ。
勿論、パンや肉料理も王族の食事らしく、高級な食材をふんだんに使っている。
不味いわけがない。
「どれもとても美味しかったです。 ごちそうさま、ありがとうございます」
僕は食後のお茶を出す侍女にお礼を言う。
「おそまつさまでした」
ニコッと笑った侍女さんが、すぐにハッとした顔になる。
「な、なんでもございません。 失礼いたしました」
慌てて下がっていく。
何故かなー?。
「アタト様、意地悪はやめてください」
ティファニー王女が顔を顰める。
えー、そんなことした覚えはないけど。
「じゃあ、本題に入りましょうか。 先日、お願いした件はどうなりましたか?」
ゴクリとお茶を飲み干し、王女は僕を真っ直ぐに見た。
一枚の紙が護衛の女性から渡され、それを僕たちに見える場所に置く。
先日、僕が渡した、サンテの父親に関する資料だ。
「結果からいえば、所在はまだ不明です」
サンテの父親が生きていることは分かっているが、行方不明だという。
「では、何故、生きていると言えるのですか?」
「それは」
王女は護衛である老人をチラリと見た。
「わしが説明させていただく」
コホンと空咳をして、老人は語り出す。
この国の貴族家には必ず当主しか開けない箱があるそうだ。
「その当主が亡くなれば、正統な後継が国から指名されて開くようになるのですが」
「国が指名しても開かない。 つまり、まだ当主は生きている可能性がある、と」
王女は頷いた。
表向きは処刑されたことになっている。
もしも本当に亡くなっているのに開かないとすれば、当主が秘密裡に後継を指名していた可能性もある。
「生きていたとしても、既に後継に権利を譲り渡していれば開かないですね」
それがサンテたち双子を探している理由か。
「その、国から新しく指名された方というのは、どなたですか?」
開かなかったために、まだ後継として認められてはいないが。
「前当主の実妹の夫になる方ですわ。 確か、まだ婚約者だったかと」
サンテの父親の妹はリザーリス大使だ。
彼女の婚約者で、高位貴族の男性か。




