第五百三十二話・大国の教会の神官
馬車はゴリグレン家の屋敷に到着した。
中に迎え入れられたが、僕とモリヒト、ティモシーさんはこの後、用事があるため夕食を辞退する。
教会に寄ってティファニー王女の連絡が来ていないか確認するためだ。
後の者たちは夕食後に宿へ戻る予定になっていた。
マテオさんにはパトリシア姫の買い物の精算をお願いする。
「分かりました。 ついでに新しい品の輸入許可も打診しておきますよ」
さすが優秀な商人だ。
高位貴族が後ろ盾になってくれればありがたい。
「それでは失礼いたします」
キランとサンテには宿に戻って来たら詳しい話を聞くと伝え、僕たちは先に屋敷を出た。
大国の街中の移動手段は主に馬車である。
しかし、長距離には移動魔法陣を使うらしい。
街の中央広場近くにある横長の建物が、各地へと繋がる移動魔法陣の集約所である。
駅のようなものだ。
その近くに教会があった。
「こんばんは。 エテオール国の騎士ティモシーです。 言伝か何か着ていませんか?」
ティモシーさんが受付の女性神官に訊ねる。
この国では女性も普通に神官になれるんだな。
さすが大国だ。
「ティモシー様ですね。 神官長がお会いしたいそうです」
王女ではなく神官長からの呼び出しだ。
「連れがいるのですが?」
ティモシーさんが渋い顔をする。
「少々お待ちください」
狼狽える受付の女性が誰かに連絡している。
その間もこちらをチラチラと見ては頬を染めた。
あー、モリヒトを見てるのか。
存分に見ていただいて構いませんよー。
それで欲しいものが手に入るなら安いもんだ。
「騎士ティモシー様ですね」
若い男性神官がやって来た。
神官長からの迎えらしい。
「こちらへ。 お連れの方もご一緒にどうぞ」
にこやかに微笑んで歩き出す。
僕たちは仕方なく後をついて行く。
教会の造り自体はあまりエテオール国と変わらない。
ただ人口が多いので規模はデカいな。
建物一つ一つが大きく、参拝箇所も広い。
今日も日が暮れかかっているのに、人の出入りは多かった。
護衛が立っている扉まで来ると、警備隊員が頷いて中に声を掛けた。
「どうぞ、お入りください」
中から返事が聞こえて、扉が開く。
軽く会釈して中に入ると神官長室にしては質素で、エテオールの教会とあまり変わらない部屋だった。
奥に座る高齢男性に向かって礼を取る。
「初めてお目にかかります。 エテオール国教会警備隊所属、騎士ティモシーです」
「初めまして。 僕はエテオールの商会で働いています、アタトです。 こちらは僕の護衛です」
子供らしく緊張した顔を作り、ついでにモリヒトも紹介する。
「私は、この国の教会本部で神官長を勤めております。 トブロイと申します」
腰の低い、白髭のお爺さんだ。
神官の男性がお茶を運んで来る。
これも質素な見栄えのしないカップだった。
「何か御用と伺いましたが」
「ええ。 あなた方のことはヤマ神官から伺っておりまして、是非、その力をお借りしたいのです」
は?。
いきなり深く頭を下げられ困惑する。
「どうか顔を上げてください。 ヤマ神官様のお知り合いでしたか」
ティモシーさんが慌てて、神官長に姿勢を直してもらい、ヤマ神官のことを訊ねた。
「はい。 彼がまだ少年の頃、音楽を学ぶため、こちらに滞在しておりまして」
その頃のヤマ神官は神職を目指しているわけでなかったそうだ。
「平民でも自由に使える楽器が、この教会本部にしかなかったのです」
保護者のいない子供たちの施設があり、参拝者から寄付を募るための歌や演奏がよく行われている。
それに協力する形で個人的な練習をさせてもらっていた。
「ヤマ神官は、ここで貴族や裕福な商家の子供達に楽器を指導する仕事もしておりましたが」
優秀過ぎたために子供同士の嫉妬や妬みでイジメに遭い、教会側で強制的に母国へと帰らせた。
「今でも手紙のやり取りをしておりましてね。 あの時、帰国したお蔭で『歌姫』様や『神の御遣い』様に出会うことが出来て、大変感謝していると」
あ、嫌な予感……。
「えっと、私たちの力を借りたいというのは、どういうことなのでしょうか」
ティモシーさんが訊ねる。
他国の、しかも平民である僕たちに何を頼みたいのか。
「失礼いたします」
と、案内してきた青年神官が盗聴避けの魔道具を作動させた。
「この国の『異世界の記憶を持つ者』の処遇はご存知だと思いますが、発端は彼らの意思を読み取る魔道具の紛失にあります」
ああ、この国でもあの魔道具は一個しか存在しないんだったな。
何十年も前の話である。
「教会の奥深くに厳重に保管されている『異世界の記憶を持つ者』の意思を確認するための魔道具は、高位貴族である司祭と、教会の最高責任者である神官長の二人がいなければ取り出せないようになっておりました」
管理責任者が二人か。
「しかしながら、保管庫が壊され、盗まれたのです」
それは責任のなすり付け合いで揉めただろうな。
「後日、盗賊は捕まり、魔道具は戻って来ました。 しかし教会側の管理不行き届きということで、魔道具の管理は国の宰相が行うことになったのです」
「取り戻した魔道具は確認されましたか?」
僕はつい口を出してしまった。
神官長は首を横に振る。
「分かりません。 管理は既に宰相様と官僚の高位貴族のみしか扱えないように厳重に保管されましたので」
それって怪しくない?。
エテオールの場合は、前任者から引き継ぎを受けた一人しか所在を知らない仕組みだった。
そうやって一子相伝、まあ、我が子とは限らないが、他の者には絶対に保管場所を教えずに守っていた。
そのため前任者が亡くなった時に所在不明となり、偽物を作った奴がいたが、なんとか悪用することは阻止出来た。
しかし、この国の教会では、魔道具が本物かどうかを確認することも出来ない。
「では『異世界人かどうか』の判断は、誰が、どこでされているのですか?」
ティモシーさんが訊ねる。
「今は司祭と宰相、そして王族の立ち会いの元、宮殿の一室で行われています」
その王族がティファニー王女というわけか。




