第五百三十一話・従者の魔法と精霊
「それがサンテの才能ですか」
キランの言葉に頷く。
「光魔法でも魔道具があれば簡単な回復や治療は出来ます。 でも神官が直接行う治療の方が、より早いし正確ですよね」
魔道具では足りない部分も、その才能を持った人間なら、より詳しく正確に知ることが出来る。
「モリヒト、僕の言ったことに間違いはないよね?」
『はい』
精霊は嘘を吐くことが出来ない。
それは、この世界の理、共有された真実。
だから誰も疑わない。
眷属精霊は主の言うことに従うと嘘も吐けると思われがちだが、それは違う。
精霊の本質は魔力だから、嘘を吐くという概念がないのだ。
だから、主に嘘を吐くよう命令された場合は「無言」になる。
マテオさんが頷く。
「なるほど、その才能は便利ですねー」
商人にとって真贋の目利きはかなり重要な能力だ。
長い間に培っていく商売の基本ともいえる。
「それでサンテくんを連れ歩いてるんですね」
「まあね」
僕は曖昧に微笑んでおく。
今回は、サンテの父親を探すのも目的の一つだがな。
黙って聞いていたキランが口を開く。
「真贋の魔法って属性は何ですか?、ティモシーさん」
光属性なら神官が誰でも使えるはずだが、実際には魔道具頼りである。
その魔道具も教会にしか保管されていない。
作成する工房の情報も制限され、数量も管理されているそうだ。
キランはするどいな。
僕はサンテの才能を真贋程度にして、属性は有耶無耶で終わらせるつもりだったのに。
でも、コレ以上は本当に教会から敵認定されかねない。
「うーむ、私には分からないな」
何かを察したように、ティモシーさんには追求しようとする様子はない。
「工芸に関する属性なんでしょうかね。 私には分かりませんけど」
マテオさんも誤魔化す気だ。
まだ若いキランだけが不満そうに唸っている。
モリヒトがパメラ姫たちが戻って来たことを告げ、結界を解く。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、パメラ姫様」
手には小さな額入りの絵と薄めの古本を持っている。
どこかで見つけて購入したのだろう。
「おや、良さそうなものを見つけましたね」
マテオさんがそれを見て興味深そうに訊ねる。
「はい。 あちらの露店で」
サンテはマテオさんなら値段を訊かれると思い、先にいくらだったか値段を明かす。
キランが顔を顰めた。
「ちゃんと私が払いました」
サンテが慌ててそう言ったが、問題はそこではないよ。 残念ながら。
「女性の前で値段を言うものではないよ、サンテ」
ほら、キランに叱られた。
「あっ、すみません」
失敗に気付いたサンテが、恥ずかしそうに顔を赤くする。
まあまあ、それくらいにしとけ。
「サンテは悪くありませんわ」
意外なところから援護がくる。
パメラ姫がキランを睨んでいた。
「サンテはわたくしを守ってくれたのです!」
うん、知ってる。
でもそれは当たり前だからね。
「失礼いたしました、パメラ姫様」
キランはサッと謝罪の礼を取り、下がった。
今のキランの主はパメラ姫と側妃だ。
逆らうことは出来ない。
「姫様、何か他に気になるものはありましたか?」
マテオさんが話を変える。
「あの、えっと、それなら」
パメラ姫は、何故かチラチラとサンテを見る。
「サンテに何かお礼がしたいわ」
ほお?。
大人たちは軽く視線を交わす。
サンテは首を傾げている。
「私は何もしてません」
そうだよな。 護衛は使用人にとっては当たり前のことで、礼など考えられない。
「で、でも」
サンテはパメラ姫の言葉を「失礼ながら」と遮る。
「あの場では私が一番近かったですし、人混みで騎士様が剣を抜くことは難しいでしょう」
それに、他国で騒ぎになることは避けたい。
「私はキランさんから使用人としての心得を学んでいるところです。 我々の仕事は、雇主の行動や気持ちを先読みして動くこと」
そして、一番大切なことは。
「主と、そのご家族様の身の安全ですから」
ニコリと笑うサンテが眩しい。
思いっきり肩を揺らしていたのがバレて、ゴリッとサンテに脇腹を突かれた。
あはは、ゴメン。
「ふふっ。 パメラ姫様、サンテへの褒美はまた後日にいたしましょう。 出来ましたら、パトリシア様には内緒でお願いしますね」
娘を危険な目に遭わせてしまったことは間違いない。
そんな者に褒美の話をするのは如何なものか。
側妃への報告は女性騎士が行うので、おそらくサンテは後で事情を訊かれるだろう。
その時にパメラ姫がサンテを庇ってはいけない。
使用人が純真な子供相手に取り入ろうとしたと思われてしまうからだ。
「分かりましたわ」
パメラ姫は渋々頷いた。
冬の陽は早く傾く。
「今夜はどちらへお送りすればよろしいでしょうか」
ティモシーさんがパメラ姫に訊ねる。
祖父母の商会か、母親のいるゴリグレン家か。
「わたくしは皆と同じ宿がいいです」
おやあ?。
女性騎士は困った顔になる。
「パトリシア様のところにお送りする予定になっておりますが」
じゃあ、一応、そちらに向かおうか。
「待ちなさい!、わたくしは」
パメラ姫がなんか言ってるが、皆で馬車が待っている場所へ向かう。
「パメラ姫様。 とりあえずパトリシア様のところへ向かいましょう」
キランが促す。
僕たちの宿に来るにも保護者の許可は必要だ。
ごく普通の提案だが姫はまたプゥと膨れている。
本当にまだまだ子供なのだな。
僕はサンテに合図を送る。
頷いたサンテは、そっとパメラ姫に寄り添い「行きましょう」と、歩き出す。
パメラ姫は渋々、サンテに合わせて歩き出した。
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「ごめんなさい、サンテ。 わたくしのせいで」
「いいえ。 姫様のせいではないので。 私がまだまだ未熟なのです」
「わたくし、こんなだから母上様にも捨てられるのだわ」
「えっ」
「だって、母上様は好きでもない男性との子供なんて見たくはないでしょうし。またゴリグレン様だって前の夫との子は不要ですもの」
「親子って、似てますよね」
「サンテ?」
「パメラ姫様は、本当にそう思っていらっしゃいますか?」
「……」
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