第五十三話・騎士様の姉のこと
僕たちがその場を離れれば、自然に土壁は消える。
その後、魔獣たちがどうなるかは知らん。
『見張っていた者たちに向かうように誘導しておきました』
ああ、モリヒトが鬼畜っぽい。
「ん、何のこと?」
ヨシローの問いには答えない。
ティモシーさんが苦笑しているから、やっぱり知っていたんだろう。
塔の一階、魔獣の解体や干し魚を作るだだっ広い壁と天井だけの場所。
そこで結界を解くと二人がキョロキョロと周りを見回している。
「ようこそ、我が家へ」
ちょっと子供っぽくおどけて見せる。
「トスならガビーの鍛冶室にいますよ」
わざわざ二人が町から来たのは、トスのことが心配だったのだろうと思い、地下へと案内する。
「おー、住んでいるのは地下なのか」
「ええ。 元々廃墟でしたからね。 作り直すより壊すほうが早かったです」
モリヒトがね。
「なるほど」とティモシーさんが頷いている。
地下一階には居間や食堂を兼ねた僕の部屋と隣にガビーの寝室。
向かいに鍛冶室と海に向かって行く廊下の奥に露天風呂。
後は地下道へと続く階段と通路がドワーフによって整備されていた。
ドワーフの町に繋がっているそうだが、僕は行ったことはない。
用事があればガビーに頼むからね。
「あれ?、ヨシローにいちゃん。 それに騎士様まで」
トスがこちらに気付いて声を上げた。
「ヒェッ」
ガビーが驚いて飛び上がる。
ガチャン!
「危ないなあ、ガビー」
僕は落ちそうになった銅板を魔力で包んで拾う。
「こんにちは!、ガビー嬢。 久しぶりだね、トス」
ヨシローたちが片手を上げて挨拶すると、トスは嬉しそうに駆け寄り、ガビーは驚いて固まった。
トスに関係してではないというので、引き続きガビーにトスの面倒を見ていてくれと頼む。
僕の部屋に移動して、入り口に結界を張り、二人に事情説明をお願いした。
「どう説明すればいいのか……」
ティモシーさんが眉を寄せる。
「まあ、簡単に言うと、王子様から逃げたんだよ、ティモシーがさ」
それは分かるよ、ヨシロー。
「それで何故、森を越えてこちらの草原に?」
僕が話す姿勢を見せているので、モリヒトは黙って聞いている。
不機嫌さがビシバシ伝わってくるから怖いんだが。
「他の町に向かう街道は全て見張られていて、動ける方向がこちらだけだった」
ふむ。 ダメじゃん。 罠としか思えない。
「だからといって、魔獣の森を抜けてもエルフの森に人族は入れませんよ」
許可無く入れば捕まるか、排除されるか、である。
そんなことは警備隊であるティモシーさんが知らないはずはない。
上手くいけば僕たちに会えると企んでいたのが見え見えなんだよ。
「僕の住処はあなたたちの避難所ではないので」
トスやガビーは弱者として受け入れてはいるが、アンタたちは違うからな。
そう気軽に来られると、モリヒトの機嫌が悪くなるから自分で何とかしろや。
「そこは本当に申し訳ない」
ティモシーさんが謝罪の礼を取る。
ヨシローは、そんなことより僕の部屋が気になるようで、キョロキョロと見回していた。
「すごいなー、きれーだなー」
はあ、早く帰ってくれないかな。
「で、何を解決すれば王子様は城へ帰ってくれるんでしょうか?」
問題はその王子が何をしに来たのかということだろ。
ティモシーさんの顔がますます険しくなる。
「少し複雑な話になるんだが」
王子とティモシーさんは騎士養成学校時代に知り合った。
仲は悪くはなかったが、そこは王族と平民だ。
同じ生徒だとしても身分差は明らかである。
ティモシーさんには五歳年上の姉がいるそうだ。
既に結婚していて子供もいる。
「私の姉は、特殊な才能持ちでね」
ティモシーさんの出身地である王都の次に大きな街の教会で保護されていて、住んでいる場所も教会の敷地内にある。
夫も領主の身内な上に警備隊の隊長で、平民である姉も領主には可愛がられているという。
「絵に描いたような幸せな家庭じゃないか。 そこに何で王子様が出てくるのさ」
ヨシローは出されたコーヒーを啜りながら訊ねる。
「才能が関係しているの?」
僕が問うと、ティモシーさんは「ん-」と考え込んだ。
才能が判明するまでは、両親の食料品店を手伝う、ただの女の子だった。
特に美人でもなかったが領主一族の者に望まれて結婚。
「姉の才能は『音楽』で確かに素晴らしい歌い手であり、今では才能も広く知られているので支援者も多い」
施設の子供たちは教会の行事や街の祭りなどで寄付金を募るため歌う。
そこで、姉は子供たちに歌の指導をしている。
たまたま噂を聞きつけた王子が町を訪れた。
「個人的に姉に会わせろとかなり熱望されたが、そこは教会警備隊が阻止した」
「へえ、その王子って年上好きなんだ。 でも既婚者だし横恋慕は無理だろう」
ヨシローの言葉に頷く。
「まあね」
ただ、ティモシーさんはそれだけだとは思っていない。
「学生の頃の殿下は本当に気持ちの良い御仁だったからな」
友人としては好ましい男だったようだ。
黙り込むティモシーさんに僕は首を傾げる。
「あのう。 何故今頃、その王子様がこんな辺境地に来たのでしょう?」
そこが知りたいんだけど。
この国の王族だか何だか知らないが、教会で保護されている夫のある女性を欲しがる理由は何だろう。
その女性の夫の家族が、その保護している教会が、正義とは限らない。
まあ、王族が一番胡散臭いのは確かだが。
そして、本人もいない辺境の町でそんな話を聞かされても何も出来ん。
「逃げ回っていないで、きちんと話し合ったら良いと思いますよ」
僕の意見としてはそういうことになるかな。
それに。
「ヨシローさんはどうしてここに?」
ティモシーさんの件は関係ないよね?。
「だって、俺も友人としてー」
「もしかして、ついでに僕の住処を探していたんでしょうか?」
モリヒトともども二人を睨む。
「ごめん!」
と、ヨシローが土下座ばりに頭を下げる。
「ティモシーが身を隠すならここしかないと思って提案したのは俺だ。
俺もアタトくんに会いたかったしー」
本音が出たな。




