第五百二十八話・貴族青年の決意と恋
「それで、パーメラシア様の意思を私に確認しろというお話でしょうか?」
この場に僕が呼ばれた理由を訊ねる。
「うむ。 エルフ殿、頼まれてくれないか」
昨夜、チラッと訊いたし、それは構わないけど。
この人を見てからずっと僕には疑問がある。
高位貴族家の当主が、養女とはいえ平民の家にいる不自然さだ。
それには何か理由があるのか。
「ゴリグレン様。 どうしてわざわざこのような場所においでになったのですか?」
高位貴族なら平民に用事があれば屋敷に呼びつければ良い。
ちょうど老舗の魔道具店なのだから、品物を持って商売に来いといえば良い。
「う、うむ。 それはそうなんだが」
なんで赤くなったの、この人。
「私はその、以前からパトリシアを気に入っていた。 彼女がこの国に戻って来るならば」
コホンと空咳をする。
「妻に迎えるつもりだ」
それで婚家として誠意を見せようと、わざわざ来ているということらしい。
へ?。 この人、独身だったのか。
10年前、ゴリグレン様はまだ若く、貴族家を継ぐための勉強中だった。
「パトリシアがエテオール王に嫁ぐため、我が家に行儀見習いにやって来て、ひと月ほど一緒に過ごした」
ゴリグレン様もお茶会や食事の作法、ダンスの練習相手にと協力を惜しまなかったそうだ。
「彼女は本当に聡明で美しく、あっという間に相応しい作法も身に付けた。 私の両親も驚いていたよ」
「ずいぶん仲がよろしいようですね」
「あ、ああ。 表向きは兄妹だが、気持ちはすでに強く惹かれていた」
しかし、平民の娘である。
最初から高位貴族家の嫁にはなれない身分。
他国とはいえ国王の側妃。
気持ちは隠し続けるしかなかった。
「私は彼女を送り出してからも、ずっと気になっていたよ」
お蔭で婚期を逃したのだと笑う。
いや、高位貴族家の当主としては笑えないだろ、それ。
「だからもう、私はこの機会を逃すわけにはいかないのだよ、エルフ殿」
真剣な顔で僕に訴える。
純情?、いや唯の阿呆の粘着野郎だ。
両親が高齢だったというから甘やかされて育ち、現在は無理に結婚を勧める親族もいないのか。
僕は頭を抱える。
この人がもっとしっかりしていたら、ティファニー王女の怪しい側近とやらも、なんとかなったんじゃなかろうか。
そんな気がしてきた。
なにせ、側妃とはいえ他国の王に嫁ぐ女性を預かる家柄なのだから、国王の信頼は厚いはずだ。
「では確認させてください」
「う、うむ」
パトリシア様は大人だ。
今までと同様に我慢しようが、この馬鹿を操ろうが、この国で生きていくことは可能だろう。
だけど、パーメラシア姫はエテオールの王族だ。
扱いが難しい。
「絶対にパーメラシア様の意思を尊重してくださいね」
「無論だ」
子供だから、あなたのためだから。
そんな大人の都合で思い通りになると思うな。
「それと、パーメラシア様はこの国に来たばかりだし、あなた様や祖父母様に会ったばかりです」
「うむ」
ゴリグレン様は少し焦り過ぎだと思う。
「この国に滞在している間、考える時間をあげてほしいんです」
その間に答えが出るかどうかは分からないし、答えが出ない可能性だってある。
それでも待てるのか。
「10年待ったのだ。 無理強いするつもりはない。
しかし、出来るなら一緒に住んで、ゆっくりと家族として認めてもらえたら……」
綻ぶ顔はきっと仲睦まじい親子になった夢でも見ているんだろう。
「失礼ですが。 エテオール国王からの手紙を見せていただくことは出来ますか?」
「ああ」
何故か懐から出てきた。
嬉しくて持ち歩いてるのか?。
ウオッホン、と大袈裟な咳をし、
「今日はスピトル殿に見せるために持って来たのだ」
と、僕に強調した。
あははは。 イタイ奴と思って済まんかったな。
エテオール国の紋章入りの文書だ。
端的にいえば、パトリシア妃については本人の意志に任せる。
王宮から彼女に対して慰労金という慰謝料的なものも予定していると書いてあった。
しかし、肝心のパーメラシア姫については。
「王宮でも意見が割れているのですね」
「そのようだな」
母親と一緒に大国ズラシアスに引き渡す案。
もう一つは、ズラシアス内の有力貴族への輿入れなら、許可するというものだ。
馬鹿らしい。
「王家の女性とは、そういう運命にあるのかも知れぬな」
いやいや、そんなことはないと思う。
僕としてはこんなものは受け入れられない。
僕は手紙を返す。
「ありがとうございました。 とにかく、答えはしばらくお待ち下さいますようお願いいたします」
椅子から立ち上がり、正式な礼を取る。
その後もいくつか料理が出て来たが、ほぼ覚えていない。
はあ。 美味しそうではあったけど、申し訳ないが、味がしない。
僕は平民だし、他国の料理は慣れていない。
「では、後日、必ずお伺いします」
「よろしく頼む」
その夜は僕たちは宿に戻り、パメラ姫は母親と祖父母の家に泊まる。
「護衛はゴリグレン家に任せてもらいたい」
と、言われたが、女性騎士だけは無理矢理に捩じ込んでおく。
エテオールの者が誰もいないのはパメラ姫が寂しいだろう。
「何かおかしな動きがあったら知らせてください」
女性騎士にはこっそり頼んでおく。
「はい、了解しました」
ティモシーさんは僕たちと一緒に宿に戻ることにした。
翌日、食堂で朝食を摂りながら打ち合わせ中。
「今日は庶民の市場を見学して頂きます」
「それを楽しみにしていたわ!」
いつの間にか、パメラ姫が食堂に居た。
「おはようございます、パメラ姫様。 お一人ですか?」
護衛の女性騎士はいるが、母親の姿はない。
「今日はゴリグレン様のお屋敷に行くそうよ。 あっちはあっちで忙しいんですって」
まあ、そりゃあ、他国の側妃を嫁にもらうんだから大変だろうさ。
がんばれ。
子供は子供なりにがんばるさ。




