第五百二十一話・貴族の子息と側妃
僕は、気配を消したまま成り行きを見守ることにした。
「し、失礼いたしました、パーメラシア様!。 つい、妹にやるのと同じことを!」
サンテは真っ青になり、土下座ばりに頭を下げる。
「あら、わたくしは気にしていませんわ」
それって顔を真っ赤にして言う言葉じゃないぞ。
サンテはサンテで、まだオロオロしている。
「あ、ああっ。 どうしよう!、王族の姫様の唇に直接触れてしまうなんてー」
半泣きである。
「申し訳ございません!。 あー、あー」
バカだなあ。
大声出すなって他人に言っといて、自分で騒ぐなんて。
屋敷の窓からチラホラと顔が見え始めた。
拙いな。
僕は眼鏡を外し、姿を認識させる。
「サンテ、落ち着け」
まずサンテを王女から引き離す。
「は?、アタト!」
僕は自分の唇に人差し指を当て、「シーッ」とやって黙らせた。
それから王女に向かって礼を取る。
「申し訳ありませんでした、パーメラシア殿下。 私共の訓練に付き合わせてしまいまして」
窓の人たちにも聞こえるように、少し声を張る。
足元から拾うふりをしながら、保管庫から木剣を2本取り出す。
剣の訓練をしていたように見せ掛けるために。
「どうされました、殿下」
キランが王女の上着を持って走って来た。
「朝からすみません。 私とサンテくんの訓練に殿下を付き合わせてしまったのです」
僕は恐縮して肩をすくめる。
使用人たちはサンテの狼狽えた声しか聞いていないはずだから、何をしていたかは知らない。
話を作って誘導する。
「殿下に、私たちの訓練を応援して頂いたお蔭で、力が入り過ぎてしまいまして。 つい、おかしな声が」
僕が恥ずかしそうに笑うと、窓から様子を見ていた使用人たちからも失笑が漏れる。
「それは仕方ないですね。 パーメラシア様に無様な姿は見せられませんから」
キランは、王女に上着をキチンと着せながら会話に応じる。
「お騒がせして申し訳ありませんでした!」
僕はサンテの背中を押し、屋敷の窓に向かって2人で頭を下げた。
元気な少年たちの謝罪に大人たちは多少やり過ぎでも笑って許してくれる。
「殿下、そろそろ朝の身支度をいたしましょう。 アタト様、サンテくん、また後ほど」
キランは軽く会釈して王女を促す。
「ええ、またね」
王女は振り返りながら屋敷の中に戻って行った。
「ふう」
ひと気がなくなったことを確認し、僕はサンテを連れて部屋へと空間移動する。
短距離なら、もう詠唱は不要だ。
モリヒトは朝食の準備のため不在だった。
「ごめん、おれー」
「そんなに気にするな、サンテ。 お前はモリヒトに操られただけだよ」
僕を連れ戻すためにサンテを起こして、庭に放り出したのはモリヒトだろう。
僕は1人だとなかなか部屋に戻らないからな。
「王女も気にしてないよ。 わざわざ側妃様やゴリグレン様にも言いつけたりしないさ」
「ほんとに?」
「ああ」
使用人たちの視線は、しばらくの間、生温くなるかも知れないけどな。
朝食後、ゴリグレン様に呼ばれて挨拶に向かう。
部屋に入る前に、自国の王宮から預かった品物を侍従長らしい人に預けた。
そして一緒に入室する。
「よく眠れたかな、客人」
「お会い出来て大変光栄でございます、ゴリグレン閣下」
僕の連れは、モリヒト、サンテ、マテオさん、そして騎士ティモシーさん。
キランは王女付きとして、自国に戻るまで傍においてもらうことになっている。
「まずはエテオール国王よりお預かりした物をお受け取りください」
侍従長から側近に渡り、ゴリグレン様の手に収まる。
「陛下に感謝の礼を伝えてくれ」
「畏まりました、必ず」
儀式はそこまでで、別室で茶会に移行した。
僕とモリヒト以外は下がり、屋敷を出る準備をする。
応接用の部屋で向かい合わせに座り、お茶と菓子が出て来た。
そして、側妃親子も入って来たところで盗聴防止の魔道具が作動する。
「アタトと申したか。 其方はエルフだとか」
「はい、そうです」
僕は即座に詠唱し、姿を戻す。
まあ、こうなることは分かっていたからな。
同時に、椅子の後ろに立っていたモリヒトも姿がエルフに変わる。
「おおっ」と動揺が部屋を満たす。
あっちは目立つほど正統派のエルフだ。
「何かエルフに御用があるのでしょうか?」
「い、いや、初めて見るが。 パトリシアからはエルフ殿がエテオール王族と大変親しいと聞いている」
パトリシアは側妃の名前だろう。
大国に多い金髪の美女だ。
エテオール国では珍しいから、国王の目に留まるのも分かる。
「アタト殿に頼みがある」
会ったばかりなのに?。
「私のような子供でもよろしければ伺います」
ニコリと笑って牽制する。
本当にいいのか、とね。
「確かにエルフに会うのは初めてだ。 しかし、パトリシアは其方が信頼出来る者だと断言した」
あー、まあな。
王宮でエンデリゲン王子やヨシローの件で色々やらかしてるからな。
信頼出来るってのは、結局のところ、自分に都合の良い答えを出してくれるって事だろ。
さて、この人にとっての都合の良い話ってなんだろう。
「この後、2人は中央街にある商家に行く予定だったのだが、事情があってな」
ゴリグレン様はパーメラシア王女を見た。
「姫だけを先に行かせることになった」
側妃が一緒に行けなくなって、先に娘だけを貴族でもない商家に預けるそうだ。
「申し訳ないが、母親が迎えに行くまで一緒にいてやってもらえないだろうか」
パーメラシア王女も承諾していると言う。
「承知いたしました。 そのご依頼、お受けいたします。 ですが」
頭を下げた状態でチラッと目線だけを上げる。
「私は商人です。 ご褒美をお願いしても?」
子供らしくおねだりしてみた。
「分かった。 何か一つ、考えておきなさい」
ニヤリと笑いが溢れる。
約束すると紙に一筆書いて頂き、魔力を込めてもらう。
フッフッフ。
僕たちは中央街に戻ることになった。
「姫様、参りましょう」
王女付きのキランも一緒である。
「パーメラシア、必ず迎えに行きます。 待っていてね」
「はい。 母上様」
素直に頷く王女に、僕は違和感を覚えた。




