第五百二十話・大国の高位貴族の屋敷
翌朝、予定通りに宿を引き払い、馬車は街中を東へ向かう。
僕は到着する前に知りたかったことを侍女に訊ねた。
「ゴリグレン様って、どんな方ですか?」
侍女は側妃が嫁いで来る時に、大国から一緒に来た人である。
「温厚で聡明な方でございますよ」
側妃とはさほど年齢も変わらない侍女は、元々ゴリグレン家の使用人だったそうだ。
側妃として他国の王家に嫁ぐため、生まれた商家から一時的に高位貴族家に養女に入った女性。
そこで貴族としての教育を受ける。
その時に仲良くなり、侍女のほうから同行を願い出たそうだ。
「ゴリグレン家の旦那様はご高齢でございますから、今はご子息が後を継いでいらっしゃいます」
ふうん。
大国の首都は広く、宿がある中央街から馬車で移動しているが、なかなか到着しない。
夕方近くになって、ようやく外壁が見えてきた。
「この辺りの鉄柵は魔法柵になっております」
それぞれの屋敷ごとに、美しい模様を描く鉄柵に囲まれている。
そして、当然ながら一つ一つが大きな敷地を持つ。
大通りの先は宮殿に続き、一際立派な魔法柵が見えた。
あれ自体が魔道具なのだろう。
離れた場所からもかなりの魔力を感じる。
「サンテ、体調はどうだ?」
「あ、はい。 少しクラクラしますけど、大丈夫です」
馬車の窓から見えるものを適当に『視る』ようにさせている。
日頃は魔力を抑えているスルスルにも少しずつ魔力を解放させ、消費した分を補充する形で使わせた。
『鑑定』は熟練度が上がれば解析も早くなり、より詳しくなる。
今は無理をしてでも回数を増やすしかない。
しかし、魔力を使い過ぎると体が付いてこなくなる。
体はまだ子供だからな。
いくら魔力が大量にあっても、それを使う頭脳や筋肉がないと体調不良を起こすのだ。
僕も散々モリヒトに鍛えられた。
がんばれ、サンテ。
なんとか暗くなる前に屋敷に到着した。
玄関には使用人たちがズラリと並び、歓迎を受ける。
側妃が馬車を下りると、ひとりの男性が前に出て、その手を取った。
「パトリシア、お帰り」
「グレン様」
ほお?。
「娘のパーメラシアですわ」
「これはこれは、初めましてお姫様」
「初めまして、伯父様」
ふたりは腕を組んだまま、娘と共に屋敷の中へ入って行った。
ふうむ。
なんだか嵐の予感。
僕たちは屋敷の使用人頭らしき男性に指示され、荷物を運び込む。
その後、客間を与えられ説明を受ける。
「本日はこちらでご夕食、就寝して頂きます。 明日の朝、改めてましてゴリグレン家当主からご挨拶がございますので、それまではお部屋にてお待ちください」
キランは侍従に連れて行かれたので、すぐに仕事かな。
僕たちはおとなしく寝ることにした。
早朝、目が覚める。
昨日は移動だけだったせいか、疲れもそれほどなく、物足りない。
窓を開き、庭を見る。
遠くに鉄柵が見えて、敷地の広さに唖然とした。
「そういえば、門に入ってから玄関までが遠かったなあ」
それだけで、このゴリグレン家が強大な勢力を持つことが分かる。
「庭に出てみてもいいかな」
『アタト様、公園で取り囲まれたのをお忘れですか?』
睨むなよ、モリヒト。
「じゃ、黒眼鏡貸して」
気配を消せばいいんだろ。
『……気を付けてくださいね』
「分かってるって」
隣のベッドでサンテはまだ寝ている。
モリヒトの黒眼鏡は、自国の魔道具店で買ったものだ。
変装用というか、主人である僕より目立たなくしたいというので気配を薄くする魔道具を買ったのである。
しかし、本物はあまりオシャレではないので、モリヒトはソレを参考にして自分の魔力で作った。
精霊は元来、服とか装備する品など持たない。
他人のものや店から購入したものを元にして、自分の身に魔力で纏わせ、見た目だけをそれらしく作っているだけだ。
実物ではなく、魔力による幻覚みたいなものである。
不便なのは、元になるモノがないと作れないこと。
辺境地にある僕の部屋の道具や設備は、モリヒトが勝手に僕の『異世界』の記憶を参考にして作っていた。
便利といえば便利なんだけど、そんな精霊でも不得手はある。
人間が飲み食いするものには興味がないため、味を再現出来ないのだ。
だから料理はするが、味は分からないし、酒は飲むが、美味しい酒は作れない。
残念なヤツなのである。
僕は少し不恰好な黒眼鏡をかけて、2階の部屋から庭に下りた。
屋敷の中では使用人たちが動き出しているが、冬の庭にひと気はない。
「しかし、広いな。 迷いそうだ」
おっと。 声は出しちゃいけないな。
気付かれないよう、足音も立てない。
エルフ族は元々狩猟民族なので、その辺りは得意だ。
おやあ?。
建物の3階の窓が開き、見慣れた顔が現れた。
パーメラシア王女である。
こんな朝早くに起きているとは思わなかった。
あー、眠れなかったのかもな。
「アタト様!、どこですかー」
は?。
サンテが追って来た。
なんで分かった。
くそっ、モリヒトがチクッたな。
まだ僕は気付かれていないので、じっと息を止めてサンテを見送る。
「誰?、サンテくん?」
上から声が降ってきた。
「あ、パーメラシア様。 アタト様がこちらに来ませんでしたか?。 もう、すぐ出歩いて困る!」
「ウフフ」と笑い声。
「わたくしは見てないわ」
「そうですか、失礼いたしました」
サンテは礼を取り、その場から離れようとしたのだが。
「わたくしも手伝います!」
「えっ」
サンテの返事も聞かずに、パーメラシアの姿が部屋の中へ消える。
バタバタと足音をさせて、パーメラシアが庭に姿を見せた。
早いな。
「お部屋に抜け道があったの。 通って見たかったのよ!」
いやいや、部屋に緊急時用の通路があったとしても、なんでもない時にそれを使っちゃダメだろ。
「一緒に探しましょう!」
「は、はあ」
サンテは緊張と不安でガチガチになった。
「呼べばいいのかしら、アータートォー」
「ちょっ、待って。 大きな声は困るよ」
ゴリグレン家の使用人たちに迷惑がかかる、とサンテは王女の口を塞ぐ。
「あっ。 すみません」
2人の顔が真っ赤になった。




