第五十二話・二人の道行きの不安
その日、僕は朝食後いつものように外に出たが、海の荒れ様を見て釣りは諦めた。
海からの風がやたらと強く、温かったのだ。
「台風かな」
元の世界でいえばフェーン現象だろうか。
雨なら森へ採集に行ってもいいが、強風では歩きにくいのと敵の気配が掴みにくいので止めたほうが良さそうである。
「今日は休日にするか」
たまには何もしないでダラダラしてもいいだろう。
町に王子が来て二日目。
モリヒトの分身によれば、王子様は昨日も今日もワルワ邸にやって来ているらしい。
暇なのか、ガキなのか。 両方だったか。
あーしろこーしろと我が儘を言って、ワルワさんを困らせているそうだ。
「エンデリゲン王子か」
碌でもないヤツだな。
でも、気になることがある。
王子が現れてからティモシーさんの姿が見えないことだ。
『わたくしが最後に町を訪れた際には、ちゃんと気配はありましたが』
前回、荷物をワルワ邸に配達した時は、いつも通り教会に居たらしい。
しかし、王子の先触れがあってから以後、ワルワ邸に顔を見せていないのである。
確か国軍と教会警備隊は犬猿の仲だと聞いた。
「会いたくないから隠れてるのかな」
異世界人であるヨシローの監視役を放り出して?。
そもそも、優秀そうなティモシーさんがこんなド田舎の辺境地にいること自体がおかしい。
この町にティモシーさんが来たのはヨシローが現れる前だったと、バムくんが話していた。
つまり、異世界人が現れたから来たのではないのだ。
左遷?。
いや、教会の人事には王族の力は及ばないはず。
それなら、無用な諍いを避けるために自ら移動して来たと考えるのが普通だろ。
そうなると原因はアレなのか。
チッ。 どこの世界も権力者は厄介だな。
モリヒトがコーヒーを淹れてくれる。
トスは最近、ガビーの工房に入り浸り。
「弟子にしてや」と無理を言ってるそうだ。
ドワーフ族と人族は、まあ、多少の交流はある。
そうでなければ、僕たちの金がドワーフの工房の支払いに使えなるわけがない。
この国の通貨は種族に関係なく使えるので、この辺りは助かっている。
「しかし、トスは漁師になるのかと思っていたが」
『漁師のご老人は本人の意思に任せるそうです』
やりたい事がなければ漁師にでもなれば良い、くらいだと。
まあ、あの町ではほとんどの住民が仕事を掛け持ちし、人手不足をお互いに補っている。
トスがドワーフの弟子になっても問題は無さそうか。
『おや、誰か来ますね』
モリヒトの気配察知に何かが引っかかっているようだ。
トスを預かるようになってからは、モリヒトがいる間は結界で塔ごと存在を消している。
周りに造った石塀ごと他者からは見えていないはずだ。
僕も集中して気配を探ってみる。
「ティモシーさんとヨシローか」
正解、とモリヒトが頷く。
『どうされますか?』
あの二人を塔に招き入れても良いのかどうか。
「もう少し様子を見よう」
何かに追いかけられているとか、僕たちにではなく、何か違う目的があって来たということも考えられる。
それに、誰かが二人を監視していないとは言えないだろ。
最悪、その見張りに塔の存在を教えてしまうことになる。
それは避けたい。
僕はだいぶ上手くなった気配察知を続けたまま、コーヒーを啜った。
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
「ティモシーさんよぉ、ホントにこの辺りにアタトくんが住んでるのか?。
森を抜けただけの、何もない草原だぞ。 しかもエルフの森がすぐ目の前じゃん」
「ええ。 彼はエルフの村から追い出されたと言ったが、森から追放されたわけではない。
おそらく森から完全に離れられない事情があるのだと思う」
「まあ、そりゃあ、エルフだし」
「ヨシローは、彼をどう思った?」
「エルフなんて初めて見たし、興奮したさー。 女の子だったらもっと良かったけど!」
「顔を赤くするなるなよ。 ヨシローはたまに気持ち悪いな」
「えー、ティモシーに言われたくないなあ。
どうせ、以前、どっかであの王子様とひと悶着あったんだろ」
「……ヨシローはいつもヘラヘラしてるくせに、本当に、極稀に、鋭いな」
「うっせーよ。 それで、何があったかは訊かないほうがいいか?」
「ああ、助かる」
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
「見えたか?」
『はい。 あれは王子専属の兵士でしょうか』
僕とモリヒトは塔の最上部に仮の見張り台を作り、結界内部から外を眺めている。
予想通り、ヨシローとティモシーさんには監視が付いているようだ。
かなり慎重に距離を取っている辺り、相当優秀な軍人だろう。
二人がそれに気付いているかどうかは分からない。
のんびりとしているようにも見えるし、かなり警戒しているようにも見える。
まあ、騎士であるティモシーさんなら何とかするだろうとは思うが。
『この強風ですからね。 気配を察知するための魔力が途切れますから、どこまで捉えられているか』
モリヒトは不安そうだ。
そうして再び『いかがいたしましょうか』と訊いてくる。
そんなの僕に分かるわけがない。
だけど、このままあの二人を放置も出来ないしな。
ああ、ほら、魔獣に見つかりやがった。
異常な数が二人に向かっている。 おそらく兵士の奴らが何かしているのだろう。
魔力が動く気配がした。
「数が多過ぎる。 モリヒト、出るぞ」
『はい。 では、手はず通りに』
僕たちはいつものフード付きローブ姿になる。
そして、気配を消したまま海沿いに移動して釣り用の海岸に出て、そこからゆっくりと草原に浮上。
「ティモシーさん、ヨシロー、こちらに」
風に負けないように強化した大声で、魔獣に囲まれる前に二人を呼ぶ。
「アタトくん!」
二人が僕たちに気付き、こちらに向かって来る。
「モリヒト」
『はい』
ブツブツとモリヒトが呟くと、ヨシローたちと魔獣の間の地面が盛り上がり、大きな土壁が出来た。
ゴンッ、ドドドド、ドンドンドン
次々と魔獣が壁にぶち当たる音が響く。
痛そう。
モリヒトが僕と人間二人を結界で包み込み、彼らには外が見えないようにした上で、塔へと移動した。




