第五百十四話・冬の新しい日
その夜は、僕にとって特別だった。
真夜中に日付けが変わり、1月1日。
僕を拾ってくれた、エルフの村の長老である爺ちゃんが決めた誕生日。
僕は9歳になる。
今年は、辺境伯の王都邸の別棟で迎えた。
本館での宴はようやく終わったようで、静かになっていた。
僕は夜着の上にガウンを羽織り、ベッドに腰掛けている。
もしかしたら、昨年のように爺ちゃんが幻覚魔法でもいいから来てくれないかと待つ。
モリヒトは体を冷やさないようにと、温かいお茶を淹れてくれた。
「去年、爺ちゃんからもらったのは何だっけ」
幼い頃は、お菓子とか食べるものばかりだったな。
見えない結界の保管庫に手を入れる。
普段は服の内側にポケットがある振りをするが、今は部屋の中だから、そのまま空間に手を伸ばした。
入っていた紙束を取り出す。
爺ちゃんが調べてくれた古の種族の記録だ。
今でも長老は「アタト」の家族を探しているのかな。
「僕はそんな不確かな情報より、爺ちゃんに会いたい」
がんばってる自分を見てほしいし、美味しいものを食べさせてあげたいのに。
ため息を吐き、窓を見る。
暗闇に白い雪が舞っていた。
「爺ちゃん、元気かな」
爺ちゃんの友人である女性エルフのネルさんとは、たまに手紙をやり取りしている。
どんなに僕が心配しても、
「あれは殺しても死なないよ」
と、冗談ぽい返事が来るだけだった。
僕の結界の保管庫は小さいままだ。
容量は30着ほど入る衣装箱くらいなので、貴重品しか入れていない。
モリヒトに頼ってばかりいるせいで、たまに叱られる。
『入るかどうか、ギリギリを確認したほうがよろしいですよ』
いざという時に入らないと困るからな。
分かってるんだけど、普段から手ぶらなんで入れる物があまりない。
すぐモリヒトに渡してしまう癖がついてしまっていた。
「そういえば、ガビーがなんかくれたな」
今回、王都に向かう際に「誕生日に戻れないかも」ということで、先に渡してくれた。
いや、なんか、誕生日プレゼントなんて爺ちゃん以外からもらったことない。
「ん、これか」
片手に乗る大きさの木箱である。
中には、布に包まれた銀色の腕環が入っていた。
金属というより、金属の糸で作られているようで、柔らかいのに少々重い。
教会で作っている御守りの豪華版という感じだ。
表面には微細な美しい模様。
触れると、内側に魔石らしきものが入っている。
「モリヒト。 これ、何の魔法が込めてあるか分かる?」
『ああ、ガビーさんのですか。 頼まれて私が魔石に書き込みました』
うん、だと思った。
だいたいガビーは装飾品は作れるけど、魔法を込めるのは苦手としている。
しかも本人は火魔法と鍛治に関する才能しかない。
『そちらの魔法に関しては内緒です』
え?、そんなのありか。
普通は「こういう効果があります」と言われて「うれしい、ありがとう」ってなるんじゃない?。
『ガビーさんに言わないように頼まれましたので』
何故かニヤッとするモリヒトに背筋がゾワッとした。
モリヒトがそう言うなら、僕には簡単に分からないようになってるんだろう。
まあいいや、綺麗だし。
この腕輪は、ガビーとモリヒト、2人からの贈り物ということになる。
「ありがとう、モリヒト」
『私はお手伝いしただけですが、気に入っていただけると嬉しいです』
あー、うん。
何の魔法が入ってるか分からないビックリ箱だけどな。
朝になったらガビーにも礼を言わないといけない。
大切に箱にしまっとこ。
『ああ、アタト様。 それは常に身に着けておかないと意味がありませんから』
はあ。
「寝るんだけど?」
『はい。 着けたままでどうぞ。 そのうち慣れます』
そんなもんか。
「分かったよ。 おやすみ」
ベッドに潜り込む。
爺ちゃん、来るかな?。 ちゃんと起こしてくれよ。
疲れてたみたいで、熟睡して目が覚めた。
結局、爺ちゃん、来なかったな。
少し残念だけど仕方ない。
諦めよう、と思ったら、
『長老様から、お手紙を預かっております』
と、モリヒトに渡された。
ネルさん経由で誕生日の朝に渡すように頼まれたそうだ。
なんだそれ、早く言えよ。
ドキドキしながら封を切る。
懐かしい悪筆で「9歳、おめでとう」と書いてあった。
それだけだったけど、嬉しい。
『ネルさんから大量に薬草茶を頂きましたので、当分困りません』
ふっ、それは良かったねー。
それが今年の爺ちゃんからの贈り物か。
ありがたく頂きます。
さて、今日は忙しいので、ゆっくり訓練する余裕がない。
サンテとティモシーさんを呼んでもらい、一緒に朝食を取る。
「2人とも体調はいかがですか?」
「大丈夫ですよ」
ティモシーさんはいつも通りだが、サンテはやはり緊張している。
「すいません、あまり眠れなくて」
「ああ。 馬車の中で寝ればいいよ」
今日は移動だけなので、堅苦しい服もいらない。
ただ、辺境伯夫妻の見送りがあるので、外套だけは良いものを着る。
辺境地の仕立師の爺ちゃんからはサンテの他所行きも届いていた。
とりあえず、2日後の王族一行との合流に向けて出発である。
「おはようございます!」
ああ、コイツを忘れてた。
「おはようございます、マテオさん」
トーレイス食料品卸商会の若きやり手従業員マテオさん。
一緒に馬車に乗り込む。
御者はキラン、護衛にバムくんと領兵1人。
「ニーロ、元気で」
「はい、アタト様」
今月、騎士学校の寄宿舎に入ることになるニーロに別れを告げる。
名残惜しそうなガビーに腕輪の礼を言う。
「ありがとうな」
魔法の効果はよく分からんが。
「とっても似合ってますよ、アタト様」
そうかな。
「やっぱりスーに頼んで良かったです」
は?。 どうやらアイデアはスーだったようだ。
機会があったら、スーにも礼を言うか。
とにかく。
「僕がいない間、たまにアダムが通信を繋げてくれるから、工房の管理を怠るなよ」
「分かってます!」
モリヒトの分身が使えなくなるので、代わりにアダムの分身を送り込んだ。
辺境地との通信はそちらになる。
「では」
辺境伯夫妻と館の皆に手を振った。




