第五百八話・大国の貴族の事情
「絵画といえば、わたくし、ついに話題の御遣い様の絵を入手いたしましたのよ!」
リザーリス大使が嬉しそうな声を上げる。
「ほお?」
エンディがチラリと僕を見た。
「それはすごいわ!。 私もぜひ見てみたい!」
王女も調子に乗って騒ぐ。
「へえ」
僕は興味無さげに無表情を装う。
「入手経路は内緒なんですよ」
大使様、見せびらかしてる時点で残念です。
「小さいので持ち歩けるところも気に入ってますの」
そう言って、ロッテ女史が鞄から取り出した包みを受け取る。
「これを見ると、なんだか神様に守られている気がして、落ち着きますの」
驚いた。 本当に持ち歩いてるのか。
包みが解かれて出てきたのは、封筒大の銀額縁の絵画。
クソッ。 もっと中途半端な大きさにすれば良かった。
「まあ、キレイ」
「本当に美しいですね」
王女とその兄も羨ましそうに見ている。
「……まったくです」
僕は見もせずに相槌だけを打つ。
あー、早く帰りたい。
「それでは御機嫌よう、アタト様」
リザーリス大使は、お茶会では暗くなってしまったが、絵の話で少し明るくなり、先に退室して行く。
「またお会いいたしましょう」
とか、なんとか言われた気がする。
僕は礼を返して見送った。
「パーメラシア、大使のお見送りを」
エンディが妹王女に声を掛ける。
「はい。 エンディ兄様」
王女が大使を追って部屋を出て行き、エンディは余分な使用人も退室させた。
盗聴防止の魔道具を作動させる。
「さて、アタト。 本当のことを話せ」
エンディの本気が伝わってきた。
「私に嘘や誤魔化しは通用しないぞ。 辺境地の教会に金髪の男女の双子がいたことは分かってるんだ」
あー、そうだったな。
王都から辺境地は遠いが、エンディ領なら5日もあれば着く距離だ。
「ふう。 何が知りたいんです?」
僕はソファの背にもたれ掛かり、ダラリと力を抜く。
気を張り過ぎて疲れたよ、もう。
「お前がどうして、そこまで双子を隠すのか。 引き取ったとはいえ、他人だろうが」
「じゃあ、交換で。 大国で何かありましたか?。 双子が必要になるようなことが」
エンディがピクリと動揺を見せる。
もしかしたら。
「ティファニー王女ですか」
「あ、ああ」
旗色がかなり悪くなっているらしい。
「ティファニー王女が中心となって進めてきた『異世界優遇』政策が行き詰まりつつある」
そりゃあ、そうだろう。
本物かどうかも怪しい『異世界の記憶を持つ者』たちを優遇してきた。
結果、国民の間で不満の声が上がりつつある。
「『異世界の知識』と言っても、役立つものもあればそうでないものもある」
それは仕方ない。
だが、『異世界の記憶を持つ者』だからというだけで、きちんと仕事をする者よりも優遇されればどうなるか。
分かりきっている。
「で。 それが双子と何の関係が?」
僕の心配はそれだけだ。
他国の情勢など知ったこっちゃない。
「双子というより、父親のほうだな」
僕は首を傾げた。
「父親は処刑されたのでは?」
エンディはお茶のカップを手に取り、一口飲む。
「……生きている」
は?。
「どういうことです?」
ーー逃げたという『異世界の記憶を持つ者』も、処刑された貴族もいない。
「反王女派が仕組んだのさ。『異世界人優遇』を止めさせるために」
『異世界の記憶を持つ者』を優遇しても何の得にもならない。
管理する貴族も裏切られれば処刑される。
そう主張したかったらしい。
実は、逃げたと言われた者も父親も、何処かに隔離されていることまでは分かったそうだ。
「大使はそれを知っているのですか?」
エンディは首を横に振った。
「分からん」
ということは。
情報を掴んだのは、この国の諜報機関だな。
優秀で結構。
その機関の情報によれば。
「反対派貴族の本当の目的は『異世界の知識』の独占だ」
王女は国により管理された知識を特定の貴族に試作させている。
そこに食い込みたい貴族は山ほどいるだろう。
「『異世界の知識』で豊かになった領地への嫉妬。 昔から何度も繰り返されてきた歴史だな」
この世界で昔から何度も『異世界の記憶を持つ者』が発見され、その度に様々な事件や争いが起こっていた。
各国の教会では、悲惨な彼らの歴史を伝え、待遇の改善を推進してきたのだ。
そして、現在では、
『出来るだけ知識に頼らず生活出来る環境を与え、見守る』
というのが教会から通達されていて、それを監視するのが教会警備隊の役目の一つだ。
「罪をでっち上げて領主を捕らえ調べた。 だが、『異世界の資料』は見つからなかった」
捕らえた領主も『異世界の記憶を持つ者』も、何も特別なことはしていないと言う。
「昔から伝えられた農法を維持している。 それだけだったからだ」
その『異世界の知識』は既に国中に広がっていて、珍しいものではなくなっていたのである。
反対派たちは、上手くいかないのは「教え」を疎かにしている自分たちのせいだと気付かない。
「新しい、画期的なものがあると信じて疑わない愚かな者たちだよ」
エンディは吐き捨てるように呟いた。
「双子は囮ですか」
父親を反対派が捕まえて閉じ込めているのか。
王女派が保護して匿っているのか、で違ってくる。
「反対派なら、父親がまだ秘密を握っているから、子供を見せて脅す気だな」
「王女派なら、家族を返してあげたい、という感じですかね」
まあ、どちらにしても、そんなに上手くいくはずがない。
「リザーリス大使はどちら側でしょうか」
それが問題だ。
「アタト」
「はい」
あー、嫌な予感がする。
「頼みがある」
「お断りします」
「そう言うと思ったよ」
エンディはガックリと肩を落とす。
「でもな、アタト。 お前、春までは王都にいる予定だろ?」
「ええ」
「いくら冬だからって、自由に外に出られないのは辛いだろ」
王都には神の御遣いの絵が出回り、双子は捜索され、身動きが取れない。
「どうせなら、大国に行ってみないか?」
「は?」
何を言ってるんだ、コイツは。
「どうせ用事が済んだら移動魔法で帰って来るんだ。 春までには戻って来られるさ」
冗談だろ、絶対に嫌だよ。




