第五百四話・お茶会の客と主催者
お茶会、当日。
迎えの馬車が間もなく到着する。
今日の服装は仕立師の爺ちゃんの力作。
暗めの赤の上下に、シャツ、靴や手袋は黒で、ボタンなどの小物は銀。
そして、黒狸の毛皮のフード付き外套だ。
「ちょっと派手過ぎない?」
「それくらいが丁度良いかと」
キランがニコリと笑う。
周りから浮くくらいの方が大使と話す機会は増えると言うんだが、本当かな。
家令さんが馬車の到着を知らせてくれる。
「さて、出掛けるか」
手土産は銅板栞の3枚組と辺境地特産乳製品を持参する。
「お待たせいたしました、アタト様」
恭しく礼をとる魔道具店の店主が保護者役というか、推薦者として同行する。
「よろしくお願いします」
僕は軽く挨拶を返し、モリヒトは光の玉になって姿を消した。
「姿は消していますが護衛は付いて来ています。 心配なさらず」
「あ、はい。 承知いたしました」
辺境伯邸の玄関で辺境伯夫妻の見送りを受ける。
「楽しんでいらっしゃい」
「はい。 ありがとうございます」
と、礼を取り、馬車に乗る。
「気を付けて!」
はあ?。
ガビーやイブさん、ゼイフル司書にティモシーさんまで不安そうな顔をしていた。
現在、辺境伯邸に泊まり込み中の女性の神官見習いまでが僕を祈るような顔で見ている。
「大丈夫だよ。 怪しい場所に行くわけじゃないんだから」
心配し過ぎだろ。
辺境伯邸の使用人や領兵たちまで、チラホラと姿が見えるのはなんでだ。
僕は幼児か。
初めてのお使いじゃねぇぞ。
馬車が動き出す。
サンテとニーロが、2階の窓からキランと一緒に手を振っているのが見えた。
あいつらまで何やってんだ。
僕はため息混じりに小さく手を振った。
王城は王都の貴族街の中の小高い位置にある。
街中なら、どこからでも見える場所だ。
正門に到着し、騎士団の出迎えを受ける。
「ようこそ、いらっしゃいました。 どうぞ、こちらです」
案内役は物腰が柔らかく、顔の良い騎士だ。
見覚えあるなーと思っていたら、
「アタト様、お久しぶりです」
と、小声で声を掛けてきた。
「あー、あの時は大変失礼いたしました」
エンデリゲン王子の部屋に泊まった時に色々とお世話になった近衞騎士さんだ。
やらかした記憶が甦り、背中にヒヤリとした汗が流れる。
次々と馬車が到着すると思っていたが、あまり来ないなあ。
「アタト様が最後ですので」
へっ、そりゃ、すまんかった。
「ああ、大丈夫ですよ。 他の皆様が早過ぎただけで、遅刻ではございません」
ホッと息と共に肩を下ろす。
「普通のお子様方は王宮は初めてでしょうから、色々とご案内させて頂いております」
なるほど、そのために早く来ているわけか。
僕には必要ないな。
見覚えのある中庭を通り抜け、両開きの扉の前に立つ。
うん?、もう会場に着いたのか。
まずは控え室に案内されて、子供同士で交流とかではないのかな。
まあ、いいか。
知らない子供相手に何喋っていいか分からないしな。
「では、私は別室におります。 手土産はお渡しておきますので」
「分かりました」
ゆっくり頷く。
中の様子を伺っていた使用人が戻ってきて頷くと、騎士たちが扉を開けた。
「辺境地バイットより、アタト様のご到着です」
促されて一歩、部屋の中に足を踏み入れる。
壁は一面のガラス窓。
冬の柔らかい光が部屋いっぱいに広がって明るい。
中央に幅広の長方形のテーブルがあり、すでに10名ほどの少年少女が座っていた。
窓の近く、真ん中の席に座る女性。
おそらく、あれがリザーリス大使だな。
きちんと結い上げた金髪に薄茶の目。
30歳代くらいかな。
横に付き添っている女性は、一度会っているロッテ女史。
反対側に、明らかにこの国のものではない騎士服を着た若い男性がいた。
あれは護衛だろう。
僕は外套を脱いで侍女に預けると、テーブルの近くまで歩き、大使の真正面に立つと正式な礼をとる。
リザーリス大使は立ち上がり、軽く礼を返した。
「ようこそ、アタト殿」
「アタトと申します。 お会いできて大変、光栄でございます」
挨拶が終わると席に案内され、大使から1番遠い席に座った。
お茶やお菓子が配られるのは最初だけで、お代わりの菓子類、ジュースのような飲み物は別テーブルに用意されている。
侍女や給仕係りに頼めば運んでくれるし、自分から見に行って、その場で頼むことも出来る方式になっていると、王宮の侍従が丁寧に説明してくれた。
大使がお茶会の開始を告げた。
「それでは、本日の特別なお客様をご紹介いたしましょう。 パーメラシア王女殿下、どうぞこちらに」
会場の子供たちの動揺が伝わってくる。
エンディの妹、第七王女だ。
静々と入って来た彼女に、全員が椅子から立ち上がり、礼をとる。
「御招きありがとうございます、リザーリス大使様」
教会で、ご隠居と一緒にいた孫娘である。
ちょっと待てよ。
これ、僕がまた世話係りじゃないよな。
スススッと王女が僕に近寄って来た。
「大丈夫ですわ、アタト様。 御遣いであらせられることは誰にも申しませんから!」
僕の耳のすぐ横に顔を近付けて囁く。
はあ。 なんか言ってるよ。
「それはどうもー」
目を逸らし、適当に返事するしかなかった。
王女は大使の隣に座る。
どういうわけか、少年少女たちの視線は、王女より僕を見ている気がした。
気のせいかな。
うん、そういうことにしよう。
ザックリと他の子供たちも紹介されたが、興味がないので覚えていない。
概ね、どこかの貴族の子女か、貴族を後ろ盾に持つ優秀な子供だ。
ハイハイ、がんばってね。
食事が始まる。
お茶会ではあるが、目的が大国を知ることなので、簡単な料理が出て来た。
大国の食材を使った郷土料理を、風土や気候の話を聞きながら食べる。
隣国だが、広い国土を持つ大国ズラシアスは、各地域で多様な食材に恵まれていた。
マジで羨ましい限りだ。
ついでに言えば、お茶やお菓子も大国のものである。
「これ、玄米茶か?」
つい小声で呟いてしまった。
大国にはライスがある。
この世界は緑茶が普通だし、玄米茶があっても不思議ではなかった。




