第五百三話・噂の絵画と代償
店主は、既に室内の者たちを下げて人払いし、盗聴避けの魔道具が作動していた。
残っているのは、腹心の部下らしい男性ひとりだけだ。
「どこの画商でも断られたといいますか、御遣い様の姿絵は売買自体が禁止されておりますので」
へえ、それは知らなかった。
「教会が禁止しているのですか?」
「いえ、国からのお達しです」
巫女に振られた王太子の嫌がらせかな。
ああ、確か教会では子供たちの絵については寄付のお礼として渡しているということだったな。
販売ではないから良いのか。
「しかも、今はもうすべて無くなり、取り扱っていないそうでして」
すごい人気だとかで、挿絵のない冊子までが飛ぶように売れているそうだ。
つまり大使は出入り商人であるこの店に、無理矢理なんとかしろとねじ込んで来たということだろう。
「でも、それってアタト商会には関係ないですよね」
僕に言われても手に入らないよ?。
「アタト様。 実は私、商人仲間からある噂を聞きましてね」
ん?。
店主は声を落として、体をこちらに乗り出して来た。
「ある高位貴族様のお宅で、それらしいものを見たと」
あー、まさか。
「絵画ではありませんが、銅版画の御遣い様が辺境伯様の王都邸に飾ってあったそうです」
「ヒッ」
店主の気迫にガビーの顔が引き攣る。
「銅版画といえば、アタト商会が有名ですよね」
「いえ、うちで販売しているのは銅板栞です」
多少、小さな銅版画は出しているが、有名どころか、辺境地の土産物程度にしか販売されていない。
「しかし、辺境伯邸にあったということはアタト様関係だと見ました」
店主の真剣な顔が迫って来る。
ふん、だったらなんだと言うんだ。
僕は、ため息を吐く。
「だけど、売買は禁止されていますよね」
店主は乗り出していた体を椅子に戻し、温くなったお茶をグビッと飲む。
「うちでも扱いたい品ですが」
いやいや、魔道具店で銅板や絵画は扱えないでしょ。
「ふふっ、そこは額に色々と魔方陣を仕込みましてね」
無理矢理、魔道具にするらしい。
王都の商人、コワッ。
結局のところ、店主のお願いというのは、
「大使への手土産として、一つ手に入れたい」
ということだ。
うーむ、僕が直接渡すより、その方がいいかな。
「出処を絶対に漏らさないという条件付きなら」
売り物ではなく、手土産。
金銭のやり取りはなくても、なんらかの見返りは期待出来る。
「ガビー、なんか欲しいものはあるか?」
「えっ。 な、なんですか、急にー」
僕は目線をガビーからチラリと店主に向ける。
「あっ」と何かを察したガビーが頷いた。
「最近、塗料が欲しいと思ってましてー」
ベッキーさんのお面の表面に塗って華やかにしたいのだが、耐熱の塗料が見当たらない。
「なるほど。 それは塗料自体じゃなくてもうわぐすりならいいんじゃないか?」
「うわぐすり?」
ガビーは首を傾げた。
店主は頷いた。
「釉薬のことでしょう」
釉薬は磁器などに使われる、表面に施すとガラス質の皮膜を作り出すものだ。
店主は大国と取り引きがある。
うまくいけば手に入るかも知れない。
「分かりました。 手に入るかどうか、問い合わせしてみましょう」
それさえ手に入れば、こちらで耐熱温度等は改良出来る。
「よろしくお願いします」
ガビーは頭を下げた。
さて、肝心の銅版画だが。
「ガビー、持ってるよな」
「あ、はい、エヘヘ」
僕は片手をガビーの前に出し、催促する。
「小さいのでいいですか?」
「はい、もう、なんでも結構です!」
店主がまた身を乗り出す。
「ううっ、自分用に描いたんですよー」
ガビーが泣きそうになりながら取り出したのは、封筒大の上質紙に描かれた絵画である。
辺境伯に渡した銅版画の下画のようだ。
よほど渡したくないのか、ゆるゆると差し出す。
銅版画は銅の濃淡での表現しかないが、絵の具の色が付くとまた別物になる。
淡い色合いだが、右に金髪と黒髪の2体のエルフ、左に虹色の髪のエルフと金髪のエルフの巫女。
中央に銀色の短髪、エルフの少年の後ろ姿。
「素晴らしい!」
店主の目が輝く。
「では、これに複製禁止の魔法陣を仕込んでください」
高価な品物には稀に仕込まれていると、辺境伯夫人に聞いたことがある。
芸術品や美術品というのは真似しようとしても難しいものだが、今回は御遣いの絵だ。
似たような絵なら作ろうとすれば出来てしまう。
国で規制していても、国外に持ち出されて勝手に作られたら困る。
「承知いたしました」
部下の男性が一度部屋を出て、しばらくして大事そうに箱を抱えて戻って来る。
箱からは封筒大の額縁がいくつかと、布に包まれた魔石が出て来た。
「ガビー、額を選べ。 モリヒト、魔法陣の確認だ」
「はい!」
『承知いたしました』
ガビーは銀の額縁を選び、モリヒトが魔石に刻まれた魔法陣を確認する。
『この絵の近くで絵の具を感知すると、この額が反応して絵の具が消滅するようです』
つまり、絵が消える。
魔石を額に嵌め、魔力を流すと全体が一瞬、光った。
僕はそれをモリヒトから受け取り、店主の前に置いた。
「もし釉薬が届かない場合も消えるかも知れませんので」
「は、はいっ。 それは必ず!」
大国なら結構なんでも有りそうなんだよな。
ライスもあったしね。
その後、不足していた紙と絵の具を買って帰った。
「グスンッ、あれ、すごく気に入ってたのに」
館に戻ってもガビーがグチグチと愚痴っている。
あー、煩い。
「また描けばいいだろ」
何故か「そういう問題じゃない」と、ジト目で抗議してくる。
はあ、どうしたいの?。
高いお菓子でも買って来ようか?。
「じゃ、顔、描かせてください!」
「は?」
「アタト様の、後ろや横じゃなくて、ちゃんとした顔を描きたいです!」
僕の肖像画を描きたいらしい。
「神の御遣いに関係ないなら描いても構わないよ」
禁止されてるのは僕の絵ではなく、神の御遣いの姿絵だ。
「やったー!」
但し、大きさの規制は封筒大のままだからな。
「完成したら、ちゃんと見せろよ」
「はい!」
ガビーはウンウンと何度も頷いた。




