第五百一話・外部の協力者の立場
職場環境は大事だ。
だから、ベッキーさんには悪いが、ガビー工房から離れてもらうのが一番良いと思う。
本人も独立したいようだし。
そのために、わざと工房で皆に嫌われるようなことをしたんじゃないかな。
「ところで、スーリナーさんをどう思いますか?」
ガビーの幼馴染のスー。
工房にも出入りしているから知っているだろう。
「あー、なんか色々やってる方ですよね」
僕は頷く。
スーはドワーフの名家の生まれで、あまりにも不器用で実家を追い出された。
色々あって、ガビーの父親に頼まれて僕が預かっている。
今はアタト商会の本部に住んでいるが、従業員ではない。
「彼女は個人で仕事を請け負う、アタト商会の外部協力者です」
スーは個人で好き勝手にやっているように見えるが、うちの商会や僕の依頼を優先的に引き受けてくれる。
「あなたは彼女に近いと思いますね」
腕は良いが、共同生活には向かない。
「だから、個人でやってみるのもいいんじゃないかと」
「自分で工房を持つのではなくて?」
僕は頷く。
「小さな工房で不満を持ちながらやるより、何も縛られずに、自分のやりたいこと、作りたいものを自由にやってみればいい」
資本は自分の体と、せいぜい一個分の原材料費。
工房のための借金も必要ない。
「あなたが発案し、試作。 それをどこかに持ち込んで製作、販売をしてもらう。 そういうのはどうです?」
売れるかどうかは分からない。
でも元手は少なくて済む。
「女性の私の作った物を買ってくれるところなんて、なかなかないわ」
「勿論、うちの商会に持ち込んでもらっても構いませんよ」
その場合、作品を鑑定し、判断するのはガビーだ。
嫌なら他の工房に持ち込めば良い。
ベッキーさんが作ったものは、鍛治職人用の防火耐熱性のお面だった。
ドワーフは元々、火や鍛治の精霊に好かれる種族の特性として耐熱があり、地下街の鍛治師の多くは眼鏡のようなゴーグルを使っている。
しかし、加護には個人差があり、特に日頃から鍛治をしない女性にとって、顔を炉に晒すのは大変辛い作業だ。
ベッキーさんのお面は顔より大きめになっていて、髪も守れるようになっている。
「よい発想だと思いました」
と、僕は褒める。
「女性は、やはり容姿に気を使いますしね」
ガビーのような女性の鍛治師だけでなく、男性でも火の加護の弱い者、まだ未熟な子供でも安心して使える。
鍛治組合で売れたのは、そういう需要があったということだ。
「僕は、アレは人族の鍛治職人にも売れると思っています。 この王都で売り出してみても良いのでは?」
ベッキーさんが驚いた顔になった。
「うちの商会に製作を依頼して、こちらの工房に販売を委託する、なんてどうですか?」
売り上げに関しては、売れた数で委託料を払うか、先に店側に全て買い取らせるかは交渉次第である。
ベッキーさんが考え込んでいる間に、ガビーたちもやって来て座った。
「わあ、コンロまである。 オレ、お茶淹れていいっすか?」
「好きにしろ」
ロタ氏が座ると、クンは嬉しそうに簡易台所を使い始めた。
僕は、職人妹から受け取った請求書を見ながらロタ氏と交渉する。
「分割払いで」
「あいよ。 アタト商会なら間違いないからな」
というか、ドワーフのお婆様のお蔭である。
「僕よりお婆様の方が信用ありますもんね」
「まあな。 それより」
ロタ氏の目はベッキーさんに向いている。
「お前さんはどうしてここに?」
自分が以前、辺境地のドワーフ街に送り出したはずの女性が、何故か王都にいた。
僕は、ガビーがベッキーさんを王都に連れて来た経緯をザッと説明する。
「ほお?」
ロタ氏はギロリとベッキーさんを睨む。
彼女を僕に紹介した責任を感じたのだろう。
でも、空気が悪くなるからヤメテ。
「おれが忙しくている間に、そんなことをしていたのか」
まあ、ガビー工房での決まり事を守らなかったのは確かだけどさ。
「彼女は優秀ですよ。 もう職人としてやっていけるでしょう」
僕は規則を破ったから辞めさせたわけではなく、独り立ち出来ると判断したからだと強調した。
そして、もう一つ提案する。
「この鍛治室をガビーとベッキーさんの共有にしたいと思います」
外部協力者のスーが、アタト商会の本部に部屋を持っているのと同じだ。
「2人さえ良ければ、だけどね」
と言うと、ガビーが先に答える。
「私は別にいいですよ。 だって王都にいる間しか使わないし」
そうなんだよ。
春になれば辺境地に帰るガビー。
その後の使い道を考えると、誰かに貸し出すのが最善だと思う。
「えっ、良いんですか?」
ベッキーさんは驚くが、僕もガビーも頷く。
「あー、勿論、使用料が発生します。 商会の従業員ではなくなりますから」
「えっ」と、ガビーが驚いたのはベッキーさんが工房を辞めると知ったからだろう。
ガビーはベッキーさんを嫌ってはいない。
むしろ、彼女の腕を一番信頼していた。
「但し、納品先がうちの商会ならば料金は免除しますよ」
ウィンクもどきで片目を閉じて見せる。
スーにも仕事を優先させることで部屋代を無料にしてるからな。
「あ、ありがとうございます」
ベッキーさんは僕だけじゃなく、ガビーにも、ロタ氏にも、深く頭を下げた。
「はい。 どうぞ、ベッキーさん」
クンがお茶のカップを渡す。
「ありがとう、クン」
この2人は王都から辺境地へ、同じ旅をした仲間だ。
「もう独り立ちですか、すごいなー」
弟のような少年の無邪気な笑顔に、ベッキーさんも微笑んだ。
「まだまだ、これからよ」
そうだ、彼女の職人としての生活はこれから始まる。
「辺境伯邸に戻ったら契約書を用意します。 その間にガビー工房から荷物を引き上げて来てください」
「はい」
ベッキーさんは頷く。
「あ、私も一緒に行きます。 色々と皆に説明しなきゃいけないし」
ガビーの言葉に僕も頷いた。
「そうだな。 そっちは任せる」
「じゃあ、ベッキーさんは王都に住むの?」
「ええ。 そのつもりよ」
クンは王都の生まれなので、
「宿や貸部屋なら探しておくよ」
と、胸を叩いた。




