第五話・眷属の名付けをする
『その「シショー」という呼称は止めてください』
朝食にリンゴのような果実、まあリンゴで良いか、を頬張っていたら眷属精霊にそう言われた。
「何故だ?。 教えを乞うのだから師匠と呼ぶのは当たり前だろう」
何を言ってるんだ、コイツは。
『わたくしはアタト様の眷属ですので命令で良いです』
「あー」
どうやら師匠という言葉に含まれる敬意みたいのが気に入らないようだ。
僕は眉間にシワを寄せる。
だが、師匠をアンタとか、お前とか呼ぶのは、僕が色々と納得出来ない。
じゃあ、どうすればいいのか。
不機嫌に見えたのだろう、眷属精霊がエルフの顔で苦笑する。
『名前で呼んでいただければよろしいかと』
へっ?、名前あったんかい。
『いえ、わたくしには正式な名前はございません。 ですから、アタト様に付けていただければ幸いです』
「僕がか?」
驚いて眷属精霊の顔を見上げる。
ニッコリ笑って頷かれてしまった。
ペットじゃあるまいし、とは思うが自分が主であるなら、それくらいの責任はあるか。
色々と単語を思い浮かべるが、この容姿に合うのは何だろうな。
んー。 オシャレな名前など思いつかない。
「モリヒト、というのはどうかな?」
人を守るという意味で考えたんだが、安直過ぎたかと顔が少し赤くなる。
『モリヒト、でございますね。 承知いたしました』
笑顔で頷いてくれる。
気に入ってくれたようで良かった良かった。
とにかく近々の問題は食料である。
何にしろ死活問題だからな。
たぶんモリヒトだけなら簡単なのだろうが、今後のこともあるので僕も手伝いたいと強く申し出た。
本来、眷属精霊は主である僕が命令すれば何でもやってくれる。
食料だろうが着る物だろうが魔法でチョイチョイとやってくれるそうだ。
まあ、その精霊自体の魔力によって出来ることの範囲はあるらしい。
昨夜も聞いたが、何も無い状態では物質を顕現させることは出来ない。
魔力で食料を作ったとしても、それは魔力でしかないからだ。
形だけでハリボテのすっからかん。 栄養もくそもない。
ってことで、僕の腹に入れるためには、やはり食料を調達せねばならない。
では眷属精霊がどうやって食料を手に入れるのかというと。
果物などは森で採取出来るが、野菜とかになると、人里や森のエルフたちの畑から奪って来ることになる。
それはダメだろう。
いくら眷属に命令すれば手に入るとはいえ、そこまではしたくない。
やはり自分で何とかしなきゃな。
さて、塔の外に出るには、まず周囲に危険がないかの確認が必要だ。
最初は魔法ではなく、エルフなら誰でも持っている危険を察知する能力を使うという。
『気配を全身で感じ取るのです。 匂いや魔力の気配は風に含まれていますので、それを感知出来るようになりましょう。
違和感がある時は建物から出てはいけません』
この師匠はなかなかに慎重派である。
そういえば、長老にも「村から出る時は気をつけるように」と口煩く言われたな。
その頃はイマイチ分からなかったが森には魔獣など危険なものが多い……僕、よくここまで来れたな。
ああ、眷属が守ってくれていたお蔭か、と改めて心の中で感謝した。
それに村長が「七歳なら一人で生きていける」と言ったのは『眷属ありき』なんだと気付く。
しかし、あの時点では僕は眷属がいないと思われてたはずだけど……いや、もう考えるのは止めよう。
僕の察知能力はまだ曖昧だが、モリヒトが大丈夫だというのでようやく塔を出る。
海岸を歩きながら調べることにした。
『アタト様は長老から、どの程度の魔法を習っておられますか?』
「あー、そうだな」
僕に魔法を教えるにあたり、どこまで理解しているのかを知りたいのだろう。
「長老は魔法とは何か、くらいしか教えてくれなかったな」
攻撃、防御、補助、回復など様々な種類があり、エルフや人間という種族でも使える魔法には違いがあるということくらい。
というか、僕が理解できなかったというべきか。
ここは神が実在する世界。
「なんというか、ほら、あれだ。 創造神?」
『全ての事は、創造された神がお決めになる』
僕にはそれが想像出来なかったのだ。
確かに全てを超越する存在はいるのだろう。
しかもモリヒトによると精霊王とかいうものも別にいるらしい。
とにかく僕は、この世界自体に馴染みが薄く、幼い子供の頭では理解が追いつかなかったということだ。
他にも魔法の概念というか、小難しいことを聞かされた気はするが、馬というか僕の耳に念仏。
最後には長老も説明を諦めていた。
まあ、子供にとって魔法は危険なものだというのは分かる。
この世界の常識らしいので、それもあって長老は僕にはまだ早いと判断して詳しいことは教えなかったんだろう。
勉強用に資料のようなものを借りていたが、村長の娘に取り上げられたしな。
しかし、老人の記憶が戻ってからは、僕は不可解なことも「そういうものだ」と思うようにしている。
「というわけで、魔法の知識はほぼ無い」
『そうですね。 エルフたちも眷属が表に出てきてから本格的に習いますからね』
なるほど。 眷属精霊がいれば初心者でも安心して魔法が使えるわけか。
今日はよく晴れて昨日より波も穏やかだ。
岬の周りは海面からはかなり高い崖なので、下に降りるのは難しい。
少し陸に戻って海岸沿いに人里の方角に歩き出す。
『では魔法を使ってみましょう』
ということで、二人でブラブラ歩いているように見えるが、僕は結構、緊張していた。
鈍臭いとはいえ、エルフである僕は魔力だけはたんまりと有る。
まずは基本として、体中を巡っている血液のような魔力を感じるところから。
モリヒトが僕の身体に触れて強制的にそれを体外に引き出す。
何度か繰り返していたら、だんだん要領が分かってきたぞ。
うお、何だか身体がモワッとした風に包まれた。
これで良いみたいだな。 モリヒトが微笑んでいる。
うっ、嬉しい。 年甲斐もなく興奮してしまった。




