第四百九十八話・朝の日課と弟子
僕は見習いの女性に手紙を持たせて、今日のところは教会に戻す。
神官長に、イブさんの弟子として夜間指導のために彼女を預かる旨の手紙を書いた。
昼間は教会に行き、世話係りや見習いの仕事は普段通り行うので問題はないはずだ。
教会の許可が下りれば、彼女はイブさんと一緒に夕方教会からこちらに帰宅し、夕食後の修行に参加することになる。
終わるのが夜遅くなるので泊まることを提案した。
同室をお願いしたイブさんも仲間が出来て喜んでいる。
僕はその日のうちに、辺境伯にも新たに泊まる人が増える事を伝えた。
勿論、何も聞かれないし、文句も言われない。
うーむ、お礼に何か渡した方がいいかな。
年末だし、お歳暮でも考えておくか。
結局のところ、元凶は僕なんだろう。
イブさんにしても、見習いの女性にしても、僕がいなければ余計な悩みもなかったはずだ。
『アタト様。 また変なことを考えていらっしゃいますね』
就寝用の服に着替えていたら、モリヒトにため息を吐かれた。
なんで分かるんだよー。
『お顔を見れば分かります』
あーそー。
『アタト様が何もしなくても、皆、悩みを抱えて生きていらっしゃるのですよ』
そりゃ、悩みのない者なんていないだろうけど。
ベッドに入りながら思う。
せめて、誰かの悩みが僕のせいではないといいなあ、と。
逆恨みとか怖いしさ。
例の神棚は、毎朝、起きた時に拝むことにした。
台座に乗った小さな神社に柏手を打つ。
「本日も何事もありませんように、よろしくお願いします」
平凡、平和が一番だよ。
他に何を祈れっていうんだ。
あ、ついでに見習いの女性が無事に神官になれるように頼んでおくか。
でも、頼み事するなら何かお供えしないとな。
「モリヒト、小さいカップにお前の好きな酒を少しだけくれないか」
モリヒトは首を傾げながらも手渡してくれた。
それを神棚に供えて礼をする。
神社といえば御神酒だからな。
これでいいだろ。
期待はしていない。 気持ちの問題だ。
それから朝の訓練。
体を解し、反射的に動けるように飛び跳ねる。
「動きがおかしいよなー」
「うん。 あれは無理」
サンテとニーロに呆れられるのも、いつものことだ。
「自分の得意な技を磨くのは当たり前だろ」
エルフは防御が薄く、体が軽い。
避けまくるしかないんだよ。
「でも、アタトは結界張れるから防御出来るじゃん」
サンテの言葉はもっともだが、しかし。
「防御結界は魔法を発動するわけだから時間がかかる」
無詠唱だとしても、意識して発動しなければならない。
咄嗟に避けた方が早いから、無意識に動けるようにしてるんだよ。
攻撃に対して自動で結界を張れる魔道具はあるが、かなり魔法陣が複雑になるため、高価な品になる。
「ふむ。 魔法陣か」
筆に魔力が乗るなら、魔法陣もイケるな。
なんで今まで思いつかなかったのか。
クククッ、なんか楽しくなってきた。
「アタトが悪い顔してる」
「なんか怖い」
うるせーぞ、そこ。
「久しぶりに手合わせしない?」
サンテとニーロに笑顔を向ける。
「えっ、遠慮しまー」
返答を待たずに襲い掛かる。
「ぎゃああ」
2人をコテンパンにするのに10分も掛からない。
ふう、いい汗かいた。
冬の王都は辺境地より晴れが多く、乾燥気味だ。
雪はあまり降らないが、ただ風が冷たい。
天気は良くても先日の騒動以来、僕は外出を控えている。
特に教会に足を運ぶなんて以ての外。
教会では希望者に御遣いの冊子が販売されているし、廊下にはあの日の様子を描いた子供たちの絵が張り出されていると聞く。
そんな所に、のこのこ出掛けるわけないじゃないか。
朝食後、商会関係の書類を片付ける。
「モリヒト、ガビーの報告はまだかな」
『まだです』
「分かった。 連絡があったら知らせてくれ」
工房街の兄妹の店にガビーの鍛治施設が出来たを知らせたいし、辺境伯に贈る小物も頼みたい。
『承知いたしました』
今のところ、モリヒトの分身との接触はないらしい。
そういえば、大使のお茶会の場所は決まったのかな。
『それなんですが』
モリヒトには大国の大使の周辺を調べてもらっている。
「何かあった?」
『まだ決まったことではないのですが』
今月末くらいに、王宮で貴族の子女を中心とした社交界の宴がある。
『日程がその日に重なるようです』
「へえ。 それが何か問題あるの?」
『はい』
モリヒトは頷く。
『どうやら、お茶会の会場は王宮の中になりそうなのです』
はあ?。
「社交界の大事な行事だろ。 しかも今回、エンディの陞爵の伝達式もあるって聞いたぞ」
『ええ。 何故、そのようなことになったのかは不明です』
僕は自然と顔が歪む。
何か陰謀っぽいものを感じてしまう。
しかし、今さら出席を取り消すわけにもいかない。
「行くしかないよな」
会場が王宮ではないことを祈る。
夜、ドワーフのお婆様と通信していたら、ガビーが割り込んで来た。
「モリヒトさん、お迎えお願いします!」
と言うので、すぐに飛んでもらう。
こっちはそのまま話を続ける。
「仕立師のご老人から新しい衣装が届きましたので、ガビーさんに持って行ってもらいますね」
ん?、頼んでないけど。
「さあ、私には分かりませんが」
とりあえず受け取り、気に入らなければ着なけりゃいいだけだ。
「分かりました。 ありがとうございます」
今夜の通信を終える。
「アタトさまあー」
モリヒトと共にガビーが現れる。
それと、何故かドワーフの女性が同行していた。
「お久しぶりです、アタト様」
礼を取ったドワーフの女性は、以前王都から辺境地まで一緒に旅した見習いの女性である。
「アタト様、聞いてくださいよー。 あの売り上げが増えたヤツ」
例の調査結果か。
「ああ、聞くから座れ」
「はーい」
ドワーフの女性2人をソファに座らせ、僕は向かい側に座る
モリヒトがお茶を淹れてくれた。
「それで、どうだったんだ?」
急に売り上げが伸びた理由。
「はい!。 あれはこの方が原因でしたー」
「テヘッ」と若いドワーフが照れる。
「工房長の私がいない間に新作を作って、許可なく販売してたんですー」




