第四十九話・男の子のやること
ガビーの話を聞いていたトスは、最後には俯いてしまっていた。
「どうした?」
元気のないトスに声を掛ける。
「なんかさ、オラも女のくせにお転婆な奴らを笑ってたからさ」
自分より強い女の子や、身体が大きい子を揶揄っていたことを反省しているらしい。
「だってさ、生意気っていうか、その、女らしくないからさ」
それは子供ならしょうがない、よくあることさ。
「そういえば、私を大きな声で怒鳴る同僚は、たいてい私より体が小さかったような」
ガビー、それはドワーフは子供っぽいヤツが多いって言いたいのか?。
「女の私のほうが大きかったから『女のくせに』になったのでしょうか?」
ガビーは平均的な男性ドワーフより体が大きく、『ドワーフらしくない』って言われて嫌われていた。
僕は、ガビーの言葉に違和感を持つ。
ドワーフであるガビーの同僚たちが何故、ガビーを遠ざける必要があるのか。
『エルフらしくない』僕に関して言えば、身元がはっきりしない子供を精霊魔法士の後継にすることを村長が嫌がったのだ。
後で出身の村が判明すると、せっかく育てた精霊魔法士をその村に奪われてしまう。
それを懸念して追い出したのだろうと思われる。
ガビーの場合は親が工房主だ。
だが、そもそもガビーの父親が言うには、
「ドワーフの女性は男性より力も弱く、魔力も少ないため工房は継げない」
ということだから、競争相手にはならないはず。
だが、一緒に働いていた男性ドワーフたちにはガビーは脅威だったのかも知れない。
「おそらく嫉妬だろうな」
僕から見てガビーは、鍛冶師として良い腕前をしている。
彼らは、ガビーの見かけを揶揄って自尊心を守っていただけじゃないかと思う。
「トス、口から出てしまった言葉は取り返しようがないけど」
ガビーのことを聞いた今なら分かるだろう。
「いつかその相手に会うことがあったら、嫌な気持ちにさせたことを謝るくらいはしてやれ」
その相手が自分にとって羨ましいくらい気になる相手なら尚更だ。
「オラ、おとうもおかあもいなくて、親のいる皆が羨ましいて」
むしろ気安い相手だから、嫉妬やら八つ当たりやら色んな感情が混ざり合ってぶつけてしまった言葉。
子供の間は理解出来ないかも知れないが、いつか分かってもらえたらいいな。
ただ、大人になってからもそれを引き摺っちゃだめだぞ。
僕も前の世界で色々と拗らせた記憶が……あるような、ないような。
とにかく『女らしく』だの『ドワーフらしく』だのはやめてやれ。
『エルフらしく』ない僕からのお願いだ。
俯いていたトスが顔を上げてガビーに近付く。
「ごめんなさい。 そんなに嫌がっとるなんて思わんくって」
なんでガビーに謝ってるんだ。
「オラ、きっとソイツより上に立ちたかったんや。 だけど全然うまくいかんくて、自分で自分に腹が立って」
僕は、自分とそんなに背丈が変わらないトスの肩をポンポンッと叩く。
「気付けたらそれでいいさ」
たぶん、まだ相手に直接言えないんだろう。 お子ちゃまだからな。
それでも、代わりにガビーに気持ちを伝えることが出来たのは上出来だ。
「えっ、じゃあ大人である工房の者たちに言われた私はどうすれば?」
ガビーは首を傾げる。
いやいや、言われたほうは何もすることはないさ。
ガビーだって、今さら外見を「ドワーフらしく」なんて出来ないし、「女らしく」なんてしたくないだろう。
「謝ってくるまで無視しとけ」
許してやる必要もないしな。
「はあ」
僕がそんなことを言っても、ガビーはすっきりしないだろう。
「たぶん、そのドワーフは、お前のことを女性として意識してたんだと思うぞ」
「ほえっ」と、ガビーの顔が真っ赤になる。
女性だから、工房主である親方の娘だから。 性別でも立場でも単純に腕前を比べられない。
「最初から優劣がはっきりと着かないから、言葉で八つ当たりしてただけさ」
せめて、はっきり分かれば諦めもついたのかな。
きっと今頃、トスのように後悔してるんじゃないか。
「ごめんなさい。 良く分かりません」
ああ、ガビーはまだ若いから、それでいいさ。
夕食後、僕はトスに文字を教えることにした。
だけどガビーと同じではなく、まず墨をすることから始めるつもりだ。
「これ、何?」
「固形墨ってんだ」
細長い指二本くらいの大きさで四角くて硬い、黒い塊。
使い込んでる物はかなり減っているが、まだ予備はある。
新しい固形墨の腐敗防止の魔法を解いて、削れるようにしておく。
硯を二つ取り出すと、ガビーが自分が作ったのだと誇らしげにニカッと笑う。
「こうして硯に水を少しだけ入れて、固形墨を底に擦り付けるように動かす」
僕が使い慣れた墨はスルスルと動くが、新しい墨はまだ硬くてゴリゴリする。
新しいほうをトスに渡す。
「こう?」
ガリッゴリッと音がする。
トスの手はまだ小さいからしっかり握らないと倒れる。
僕が隣でシュッシュッと磨るのを見様見真似でやっていたが、時たまバタッと倒す。
これを集中して、無心でやれるようになれば魔力を安定させられるだろう。
がんばれ。
墨を磨る僕たちの横でガビーは本を読む。
見慣れた表紙を見て、何度も読み返しているのが分かる。
見かけはどんなに男っぽくしていても心は乙女なのかね。
まあ、男でも恋愛小説が好きな者はいるか。
「わっ!」
隣でトスが墨をこぼして慌てている。
僕は紙を用意し、下敷きの上に置いて、上辺に重しを乗せた。
僕の硯には濃い墨の匂いがする。
次第に手の動きをゆっくりにして、磨り終わって止めた。
筆の先を満遍なく硯に浸すと、そおっと紙に筆を下ろす。
目を閉じて、今日の文字を思い浮かべていると、ガリガリと鳴るトスの硯の音が消えた。
紙の上を、ついっと筆が走る。
一旦、硯に筆を下ろすとため息が聞こえた。
「はあ、やっぱアタト様は綺麗だー」
ガビーの声に苦笑する。
「これ、文字なんか?」
トスが首を傾げていた。
「本から気に入った文字を一つ書き出しただけだ」
「へー」
トスには見慣れた文字のはずなのに、と僕は笑った。




