第四百八十七話・子供の部屋での指導
僕は施設の子供たちのいる部屋へ案内される。
そこには、ベラとエミリーが他の子たちと一緒にいた。
「なんだ、ここにいたのか」
見学したらすぐに帰ると聞いてたけど。
「そうなんだけどー」「人がいっぱいで見えなかったの」
まあそうだろうな。
ベラとエミリーたちは早々に諦めて、こちらに来たそうだ。
この施設の子供たちを指導管理している見習い神官たちも皆、今日は参拝者の案内や世話係に駆り出されていている。
子供たちは自習を言いつけられ、部屋から出ることも出来ないでいた。
「今なら人は少ないかも知れませんよ」
儀式は終わったからな。
僕がそう言うと、子供たちは顔を見合わせ、ソワソワし始めた。
「様子を見て参ります」
留守番役の見習い神官が部屋を出て行った。
僕はイブさんに連れて来られたんだけど、何をすればいいの?。
20人から30人近くいる子供に書道を教えるなんて、道具もないのに無理だろ。
「ニーロとサンテは一緒じゃないのか?」
ベラに訊ねる。
「あの2人なら隣よ」
ガビーとバムくんも一緒だという。
あいつら、何してんだ。
隣は魔力漏れの子供たちが過ごしていた小部屋である。
今は使われていないはずだが。
「イブさん。 ここの子供たちは任せますね」
そう言って、僕は隣の部屋へ向かうことにした。
自習の監督なら誰でも出来るだろ。
「はいっ?。え、ちょっ」
イブさんは慌てる。
「大丈夫です。 隣の部屋にいますから」
教会関係者が僕をあの場から引き離したがっていたのは感じていた。
だから帰ると言ったのに、イブさんを使ってこちらに連れて来たのには何か理由があるのかなと思っている。
中に入ると扉の傍にはバムくんが護衛のために立っていたが、僕が来たことに驚いていた。
慌てて声が出ない。
ポンッと肩を叩いておく。
「アタト様?」「あ、アタトだ」
ガビーとサンテが僕を見つける。
「ここで何してるの?」
僕はサンテとニーロがいるテーブルに近付く。
「見りゃ分かるだろ。 暇だから磨る練習してるんだよ」
口の悪いサンテは、ニーロと一緒に墨を磨っていた。
「固形墨と硯は予備がありましたので」
ガビーが2人に頼まれて貸したそうだ。
気付くと、部屋にはサンテたちの他に数名の子供たちがいる。
どうやら2人が何をしているのか、興味津々らしい。
「ガビー、まだ予備はあるか?」
「はい。 あと3組なら」
僕は部屋の隅に固まっていた子供たちを手招きする。
「やってみますか?」
男女混ぜて6人の子供たちは頷いた。
ガビーに3セット準備させ、2人一組にする。
子供たちはニーロとサンテの近くに寄って来て座った。
ここにいた6人は、12歳のニーロより年上ばかりだ。
ガビーが硯に水を入れてやり、固形墨の持ち方を指導してくれた。
こいつは本当に子供が好きで、子供にもよく好かれる。
「ニーロたちがやってたのを見てましたか?。 あの通りにやってみてください」
頷き、2人で話し合いながら見よう見まねでやり始める。
ニーロたちも教えたり、服に墨が着かないよう袖をまくってやったりした。
どうせ、すぐに飽きるだろうと思ってみていたが、案外真剣に取り組んでいて驚いた。
「成人が近い子たちですから、職に繋がるものを真剣に探しているんでしょうね」
ガビーがしみじみと言った。
「まあいいけど、そろそろ帰る準備をした方がいいぞ」
「はっ、もうそんな時間ですか」
バムくんが急いで馬車が来ているかを確認に行った。
『アタト様はどうなさいますか?』
モリヒトが訊いてくる。
「そうだな。 もう帰っても大丈夫だろ」
王女とご隠居は、教会から外に繋がる秘密の通路で脱出出来る。
エンディは、久しぶりに母親のいる王宮に顔を出すと言ってた気がするから、ご隠居たちと一緒に行くだろう。
姿の見えないゼイフル司書とティモシーさんは、教会でこき使われているようだし、今日はここに泊まりかな。
「ガビー、僕は先に帰るよ。 あまり遅くならないようにな」
「あ、はい!」
僕は隣の部屋に顔を出し、イブさんとアダムを廊下に呼び出した。
「すみません、イブさん。 確認したいのですが」
「はい、なんでしょう」
「うちで預かっている3人はもう教会にお返しても大丈夫そうですか?」
3人には魔力漏れ軽減の御守りを渡すつもりだ。
それがあれば少女2人はまず問題はない。
「そうですね。 女の子たちは教会の施設に戻っても大丈夫だと思います」
施設の仲間たちの誤解も解け、今も友達と一瞬にいる。
「今日、館に戻ってから本人たちの意思も聞いてみます」
僕は「お願いします」と頷いた。
しかし、ニーロは難しい。
「ニーロくんに関しては神官長とお話ししてみないと分かりませんね」
本人が教会に戻るより自宅に帰りたがっているのは確かなので、まずは神官と家族が話し合うことになるだろう。
「そこは教会にお任せします」
その後でニーロと家族の話し合いになる。
僕は、それまでは預かるつもりだ。
中庭の様子を見に行った見習い神官が警備隊員を連れて戻って来た。
「皆、見学の許可が降りましたよ」
子供たちが「ワーッ」と声を上げて喜んでいる。
イブさんが僕たちにも声をかけて来た。
「サンテくん、ニーロくんも行きましょう。 アタト様もぜひ!」
まあ、いいか。
ガビーも一緒に、子供たちを引き連れて中庭へ向かった。
警備隊がたくさん出ていて、見学者を誘導して廊下の窓側を全部子供たち用に開けてくれる。
「ありがとうございます」
皆で礼を言い、窓から聖域を眺めた。
うねうねと虹色の鱗を輝かせる虹蛇。
白い肌に、美しい金色の長い髪の女性エルフの姿も見える。
「きれー」「すげー」
子供たちは感嘆の声を上げたり、呆然と見つめていたりしていた。
『呼んでますよ』
モリヒトがボソッと言う。
「分かってるよ」
僕はウンザリした声を返す。
ヤマ神官が窓の向こうから、こっちに来いとしきりに呼んでいる。
見てみぬ振りをしていたが、子供たちまでが「呼ばれてるの、誰?」と騒ぎ出し、仕方なく動く。
さっきまでとは雰囲気が違うような気がする。




