第四百八十三話・友人の妹と祖父
しばらくの間、結界の中で時間を過ごす。
昼食は王宮から持ち込まれていて、僕もお相伴に預かった。
高級食材のお蔭で、味はそこそこ美味い。
でも、やっぱり辺境地の食堂ほうが僕の好みだ。
エンディは妹王女にせがまれ、新しい領地の話をし始めた。
狭いながらも海岸と山岳地帯があり、これからは漁業と鉱山の業績が見込めた。
「農地は少ないけど、領内の荒地を耕作していくつもりだ」
まだまだこれから忙しくなる。
「でも、兄上様はもうすぐ爵位を賜るのでしょう?」
残念ながら、王女は貴族なら働かなくても良いと考えているようだ。
「領主は忙しいんだよ」と、エンディは笑う。
王宮の貴族管理部を牛耳るご隠居の話では、毎年冬の終わりに、王宮では新しく成人する貴族子女のお披露目の式典があるそうだ。
「エンディの叙爵の式典は、その時になるじゃろう」
そこでエンディは正式に高位貴族と認められ、国中に公布される。
「それは楽しみですね」
僕はエンディなら煌びやかな衣装も似合うだろうな、と想像する。
うん。 あの銀狐魔獣の毛皮の外套が似合うだろう。
出番があるといいけど。
王女はションボリした。
「兄上様のお祝いなのに、わたくしはまだ宴には出られないわ」
たとえ王族でも、15歳にならないと成人とは認められない。
式典に参加することは出来ないのだ。
「だって!。 兄上様が王宮にいらっしゃらないから、わたくし、お祝いも贈れないのですよ」
可愛いらしいおねだりにエンディの鼻の下も伸びる。
「仕方ありませんよ。 姫様と私では立場が違いますからね」
エンディは、わざと言葉を丁寧にして立場を明確にさせている。
そうか、お祝いか。
僕も何か考えておこう。
食後のお茶を楽しんでいると、人々の騒めきが一段と高まる。
どうやら、王太子一行のお出ましのようだ。
聖域の手前、空き地に本日の案内役であるオールグォー司祭とグレイソン神官、神官長の姿が見えた。
その後ろにヤマ神官、イブさんとアダムもいる。
まずは精霊を呼び出す儀式から。
声は聞こえないが、神職者全員が膝を着き祈る。
眷属精霊であるアダムからは、僕の頭に直接、彼の声が聞こえていた。
『水の精霊よ、サッサと出て来てくれ』
おい、他の人には聞こえていないだろうな。
『大丈夫だ、口には出さん』
僕はフゥッと息を吐く。
水の精霊が姿を現し、司祭の感謝の言葉が始まる。
アダムが『長いわ!』と文句を垂れるが、他の人に聞かれないなら愚痴くらいは許す。
一通り挨拶が終わったのだろう。
次に王太子とその側近と護衛が前に出る。
あ?、あの護衛、帯剣してるけど大丈夫なのか?。
『あ、本当だ。 注意する』
アダムが近衞騎士の剣を取り上げた。
警備隊、今は隊長不在だから見逃したな。
落ち着いたところで白いエルフが登場する。
本日限定で神官に昇格した神官見習いの女性が付き従っていた。
白いエルフは見たこともない上等な布を体に巻き付けたような服を着ている。
白いドレープの裾を引き摺り、長い金の髪と明るい緑の目が一際目を引く。
ありゃあ、無理矢理、着せられたんだろうな。
無表情だが、不機嫌な雰囲気が伝わる。
だが、装飾の少ない服は神の遣いらしくて良い。
エンディも「素晴らしい。 女神様のようだ」と、興奮気味だ。
王太子と挨拶を交わし、何か貢ぎ物を受け取っているようだ。
あれは、なんだろう?。
「王家の紋章入りの小物じゃよ」
ご隠居が顔を顰める。
僕が首を傾げると、あれは魔道具なのだと言う。
「ワシは反対したがの」
どうやらエルフに対し、なんらかの作用がある魔道具らしい。
僕はアダムに絶対に開かないように伝えた。
アダムは、すぐに取り上げて隠してくれたようだ。
『大切に保管すると言っておいたぞ』
ああ、助かる。
その後も、王太子側は何かと話を引き伸ばそうとしていた。
王宮に誘ったり、欲しいものはないかとしつこく訊ねたりしているようだ。
見守っていた虹蛇が体を揺らす。
池の波紋が広がり、全員がそれに気を取られた隙に女性エルフは姿を消した。
顔合わせは終了である。
グレイソン神官が合図を送り、教会警備隊がサッと見学者を下がらせ、王太子一行用に通路を確保した。
はよ帰れ、である。
軽く挨拶をして一行は出て行くが、王太子は未練タラタラの様子で何度も振り返っていた。
あの王太子、前はクロレンシア嬢を第二夫人にしようとした男だ。
絶対、女好きだな。
だけど、止めとけ。 エルフの女なんて碌なもんじゃないから。
王太子一行が去った後、僕たちも結界を解除して廊下に出る。
先ほどより見学者は減っていた。
僕たちが帰るために御神託の部屋へ向かっていると、途中でアダムとイブさんがやって来た。
「アタト様!」
ん?。
「すみません、神官長様とエルフ様がアタト様を呼んで来てほしいと仰ってまして」
嫌な予感。
「今日の僕は王女殿下の護衛でして」
仕事中だと言ってみる。
しかし、ここで裏切り者が。
「わたくし、一緒に行ってもよろしくて?」
目をキラキラさせた王女がイブさんに縋り付く。
アダムがイブさんに頷いた。
「はい。 では、ご一緒にどうぞ」
というわけで、僕たちはさっきまで王太子一行がいた中庭の空き地に向かうことになった。
アダムの指示で、僕とイブさんとエンディ、そしてモリヒトだけが聖域の中の家に呼ばれた。
後の者はここで待機だ。
僕はグレイソン神官の腕を掴んで引きずって行く。
王族とのゴタゴタなら高位貴族が必要になるからだ。
白いエルフの住処は、王都の貧民区にあった老魔術師の家に雰囲気が似ていた。
エンディが懐かしそうに見回している。
「あ、あの、何か不都合がございましたか?」
グレイソン神官が恐る恐る訊ねた。
お付きの女性見習いが困った様子で首を横に振る。
白いエルフが訳の分からないことを言い出した。
「アタト、水の精霊をあなたの眷属にしなさい」
黙って見ていたアダムがクスクスと笑う。
『よほど、あの王族が気に入らなかったらしい』
と、言う。
は?、だからって、なんで眷属の話になるんだよ。




