第四百八十二話・見学の注意事項として
翌日は朝から皆で教会に向かう。
儀式は昼頃だが、混むのが分かってるから早めに行動する。
僕はエンディと共に別行動になるため、サンテと子供たちは、ガビーや辺境伯家領兵たちに護衛を任せた。
「ガビー、バムさん、皆を頼みます」
「はい!」「お任せください」
イブさんとゼイフル司書については、教会に入ると別行動になるため、護衛はアダムとティモシーさん。
キランは御者と馬車の管理運営。
どうしても道が混むので、王都の街中を知っているキランに託す。
「承知いたしました」
皆、無事に帰って来てくれよ。
皆を見送った後、僕とエンディ、そして護衛のヘイリンドくんは馬車には乗らず、モリヒトの魔法で移動になる。
渋滞だからと、待ち合わせの時間に遅れる訳にはいかないので。
『よろしいですか?』
「ああ、頼む。 えっと、お願いします、精霊殿」
エンディ、元王族のせいで命令口調になる癖はどうにかしてくれ。
精霊が不機嫌になるのは避けたい。
ま、僕は頷くだけだ。
『では』
一瞬で教会の中に到着。
上空で結界を通る際に多少の違和感はあるが、問題なく抜けた。
待ち合わせしたのは、例の御神託の部屋である。
ここなら滅多に人は来ない。
「エンデリゲン兄上様!」
僕とほぼ背丈の変わらない金髪の少女。
エンディの妹、第七王女である。
「お、チビさん、元気だったか?」
「もう!、兄上様ったら。 もうすぐ10歳になりますのよ」
頬を膨らませながらも、嬉しそうにエンディに抱き付く。
可愛いな。
ホッコリして眺めていたら、ご隠居の声がした。
「孫娘はやらんぞ」
いつの間にか、後ろに。
「ご遠慮いたします」
そう応えたら、ご隠居は「むっ」と不機嫌になる。
どーしろっての。
それは無視して、打ち合わせを始める。
王都の教会本部は主に3つの建物で構成されていた。
教会の敷地にある三つの建物を点として、長い廊下で繋がっており、上からだと三角形に見える。
その三角形の内側が広い中庭になっていて、僕たちが御神託だと言って池と陸地を造った。
中庭は昔から聖域と呼ばれて、人が立ち入ることを禁じていたが、どこが聖域なのか、首を傾げたくなってしまう場所だった。
中庭が手付かずの鬱蒼とした場所だった理由。
本日の世話役のひとり、グレイソン神官が言うには。
「精霊が住んでいると信じられておりましたので」
精霊は自然を好む。
建物や道で埋め尽くされ、広がっていった王都の街中にはすでに緑は少ない。
教会本部はその中心にある。
ーー僕たちが来た時、ここには精霊なんていなかった。
もしかしたら昔は居たのかも知れないが、これだけ人の出入りが激しい街中の建物。
その真ん中の、いくら自然とはいえ、何の手入れもされない荒廃した場所である。
美しさもなければ、どことなく暗く、嫌な感じがしていた。
絶対に精霊の生息地には不向きだ。
そこに水の精霊が地下水を引いて池を造り、大地の精霊が池の中に陸地を張り出させ、白いエルフの住処を作った。
中庭全体を聖域とすることは、今ではあまり意味がない。
そのため、今回は池周辺だけを指定。
境界が分かり易いように石垣も設置してある。
きちんと整備した庭付きの家。
石造りなのはモリヒトの好みなので許してやってくれ。
小物やその他、必要な家具なんかは教会で用意してもらい、すでに搬入済みらしい。
教会本部全体に施されている結界は、王宮と同じで、元宮廷魔術師だった老師の魔方陣による結界である。
老魔術師の魔力が感じられる場所に、明るい日差しが差し込み、木々が揺れ、花が咲く。
白いエルフの女性が落ち着ける住処になるだろう。
聖域には許可された者しか出入り出来ないため、今回は中庭の隅に場所を作った。
「僕たちは、中庭のこの辺り、廊下からは死角になる場所に視えない結界を張ります」
いつも昼食に使う空き地は、今回は王太子一行が利用する。
廊下から丸見えで、観客が多そう。
さっそく、モリヒトに頼んで僕たちの結界に移動する。
その中には野営で使う屋外用の椅子やテーブルを設置した。
「完全に外からは見えず、中からは外が見えるという状態になります。 覚えておいてください」
見えるからといっても声は届かないし、向こうはこちらに気付きもしないのだ。
歯がゆい思いはするかも知れない。
「お手洗いは早めに言ってくださいね」
そう言ったら、王女が真っ赤になって「無礼者」と罵倒してきた。
まあ気持ちは分かるが、大事なことなのでね。
一応、女性近衛騎士が着いているので、そちらに伝えてもらえばいいだけだよ。
不可視の結界は出入りする度に非常に気を使う。
モリヒトは魔力で結界を維持しているため、中に人がいる間はここから動けない。
だから、出入りする空間を開閉だけはする。
そうすると、扉が全く見えない所から人が急に現れることになる。
誰だって驚く。
特に人が多いこんな場所では誰が見ているか分からないし、たまたま見てしまった人が大騒ぎするかも知れないので注意が必要なのだ。
「分かった。 他に気を付けることはあるかな?」
ご隠居が孫娘を宥めながら訊く。
「そうですね」
モリヒトが護衛以外を座らせ、お茶とお菓子の準備をする。
テーブルは細長く、椅子は全て池の反対側、今日の会合の空き地に向いている。
少し遠く感じるだろうが、これでも一番近い特等席だ。
「声は聞こえないと思ってください。 今日は本当に見学だけです」
一目見たいだけだと言うから用意した。
話の内容などは王宮に戻ってから、立ち会う側近や護衛から聞けば良い。
王女たちの気が済んだら、僕はすぐにでも撤収するつもりだ。
ご隠居は頷く。
「分かった。 出来るだけ静かに見守ることにしよう。 こんなことはもうないかも知れぬからな」
「そうですね」
エンディも頷く。
夜明け前に会うことが出来たせいか、落ち着いている。
「わ、わたし、ちゃんとおとなしく出来ますわ!」
王女の言動だけが一抹の不安を感じさせる。
やがて、ザワザワと廊下や、建物の中庭に面した窓から人の顔が増えていく。




