第四百八十一話・領地の昔話の悪魔
「その話はよく知っているぞ」
エンディは、若い騎士に向かってなんでもないことのように話す。
「えっ」
驚いた若者の震えが止まった。
「うむ、王国の歴史の本で未解決事件として読んだことがある」
恐ろしい話ではなく、怪しい話として。
「そ、そうなんですか」
多少中身は違うが、僕も聞いた話だ。
「でも、悪魔とはあんまりだ」
ボソリと声が溢れてしまった。
エンディは僕をチラリと見てから、若者に言う。
「フフフ、誰しも知らないものを悪いもの、嫌なものと思い込むことはあるさ」
そして、話し終わると2人は部屋を出て行った。
そりゃあ、性善説より性悪説のほうがこの世界じゃ普通だといえるだろう。
だけどさー、悪魔ってのは嫌だな。
そんな風にモヤモヤしながら一日を過ごした。
明日は忙しそうだから早めに就寝するつもり。
皆も、明日は一般の参拝者として教会に行くらしい。
神の御遣いと王族との面会は昼頃の予定。
だが、もしかしたら誰でも神の御遣いである女性エルフと精霊の姿を見ることが出来る、かも知れないという噂が流れていた。
絶対に混む。
僕はそんな所に行きたいとは思わないが、この世界の人たちは信心深い者が多いのである。
夕食後、僕は明日の予定を確認していた。
『アタト様、エンディ様がいらっしゃいました』
扉が叩かれる前にモリヒトが声をかけてきた。
緊張した様子で扉を叩く音がする。
「申し訳ありません、アタト様。 少しお時間を頂けませんでしょうか」
若い護衛騎士の声だ。
僕はモリヒトに頷く。
冬の夜は冷えるので厚いカーテンを閉めた。
「すまんな。 明日は忙しいのに」
エンディと護衛の若者に椅子を勧め、モリヒトが甘めの紅茶を淹れる。
「いえ。 明日の手順を確認していたところです。 僕は、ご隠居様と一緒にいれば良いだけなので」
呼び出す儀式については、教会の司祭と高位神官に丸投げした。
水の精霊たちも理解した上で、こちらに合わせてくれることになったとアダムから聞いている。
王族の儀式に関しては、聖域にて王族と女性エルフ、水の精霊が挨拶を交わすだけだ。
特に難しい手順はない。
「今朝方のアレでいいんだな?」
「はい。 アレです」
明け方前にやった通りである。
警備の関係で、エンディもご隠居や妹王女たちと一緒に特別席で見守ることになった。
元王族が一般参拝者と一緒というわけにはいかないだろうということだ。
僕もそこに護衛兼解説役として同席する。
全く忍んでいないが、一応お忍びなので「まあいいか」という感じで、王宮からは煩く言われなかった。
「それで、何か御用でしょうか?」
まだ寝るには早い時間とはいえ、急に来られると困るんだが。
「うん。 すまんが、こいつが何か言い忘れたことがあるんだと」
どことなく落ち着かない若者を見て、僕は首を傾げる。
「あの悪魔の話ですか?」
「はい。 あの、実はあの話には続きというか、代々の領主一族しか知らない、裏の話がありまして」
下位貴族家のヘイリンドくんだったか。
やはり僕が子供だから話しにくかったらしい。
そんなにヤバい話なのか。
「えっとですね。 王族への報告にも載せなかった話がありまして」
今度はチラチラと元王族のエンディを見る。
「私のことは構うな。 もう王族ではない」
訊かれても知らぬことにする、と神に誓った。
森の町の住民が消えた事件は、国の歴史本の片隅にも不思議な話として載っている。
そこまでは当時の関係者や王族は知っていた。
では、何故、領地では『悪魔』などと恐ろしい話になっているのか。
「町の住民がいなくなったのは、元から彼らは悪魔だったから、という話なんですが」
昨年、先代領主一族が捕まった時、その証拠が見つかったそうだ。
「領主館を徹底的に調べたら地下牢が見つかったのです。 しかも、魔力を遮断する特殊な牢でした」
そこに、当時の領主の日記が残されていたという。
「かなり森の中の町をうらやましく思っていたことが分かりまして。 その繁栄の秘密を探ろうと、町の者を捕まえて地下牢に閉じ込めていたそうです」
過酷な拷問でも何も聞き出せないまま、森の中の町から住民が消える事件が発生した。
慌てて領主と配下が牢に押し掛ける。
そこにはひとりの商人の男が鎖に繋がれていた。
「お前の町から人が消えたぞ!、全員だ!」
そう伝えると、男は、けたたましく笑い出す。
「そうか。 皆、この地を捨てたか」
「そう言うと、男の姿が闇に包まれて消えたそうです」
ヘイリンドくんは、膝の上でグッと手を握り、震えるのを抑えている。
「その時の姿が人間ではなかったと。 あれは悪魔だったのでは、と言われるようになったそうです」
僕は大きく息を吐いた。
「あれから、うちの一族では悪魔が復讐に来るのではないか、と恐れるようになりました」
特に本家である領主一族は、自分たちの殻に閉じこもり、まるで気が触れたように人の話を聞かなくなっていったという。
その末裔が、エンディ領の前領主ということだ。
俯く若者に訊ねる。
「その、人間ではない姿とはどういうものでしたか?」
「えっと、長く牢にいたせいか、だんだん髪が白くなって。 肌も浅黒くくすんで。 特に目が、暴走した魔獣のように赤くなったそうです」
ヘイリンドくんはガタガタと震え始めた。
「あれは、きっとダークエルフとかいう種族です」
はあ?、悪魔じゃないんかい。
「古い記録によれば、闇の属性魔法を使う種族だそうです」
それを使うダークエルフ族を、光魔法を使う教会と対立する悪と決めつけたということか。
「なるほど」
自分たちの一族が犯した罪を、ダークエルフ族が悪魔だったから、ということで正当化しようとしたのだ。
風評被害じゃねえか。
「ごめんなさい。 言いにくい話をさせてしまいました」
僕は彼に謝罪する。
少なくとも彼自身に罪はない。
「もういいだろう」
エンディが立ち上がり、ヘイリンドくんを立たせる。
「夜分遅くに済まなかったな。 明日はよろしく頼む」
「はい。 承知いたしました」
僕は部屋を出て行く2人を見送った。




