第四百七十八話・友人の要望に応える
さて、そうなると教会の警備を確認したい。
夜になり、戻って来たティモシーさんを2人っ切りの食事に誘う。
そう。 2人切りのはずだった。
「久しぶりだな、アタト」
ゲッ、何故、エンディがいる。
「偶然、教会の近くで懐かしい顔に会ってね」
嘘だな。
ティモシーさんはゼイフル司書の護衛で毎日、教会へ行き来していた。
絶対、会えると分かって張ってたくせに。
「王都に着いたばかりで宿も決まっていないそうだ」
ティモシーさんにすれば友人のひとり。
力を貸すのも当たり前かも知れないが。
「王都に住む恩師が亡くなったという知らせを受けたので、急いでやって来た。 葬儀には間に合わなかったがな」
元王族、第三王子であるエンディは、元宮廷魔法師であった老人と仲が良かった。
引退後も、時々、隠れ家である結界の中に招かれている。
「姉代わりであるエルフ様も、キミには大変、世話になったようだ」
「いえ」
成り行き上、仕方なくとは言えない。
とにかく夕食に誘い、家令さんに部屋をお願いする。
本館なら空き部屋はあるそうで、助かった。
側近以外の護衛兵は領兵の宿舎行きになる。
「定宿も家もまだ決まってなくてな」
辺境伯のように遠方に住む貴族たちは、王都に別邸を持っていることが多い。
急な呼び出しや社交のためなら定宿でも良いが、子女が学校に通うなど、長期滞在の場合は家を買った方が安い場合もある。
王都にある王族用の宿はある程度決まっているそうだが、エンディはすでに王籍を離れた。
そのため、自力で定宿を探すか、王都邸を用意しなければならない。
領地に鉱山が見つかったことで陞爵は決まったようなものだが、エンディはまだ小領地の代官という立場である。
王都に家を買う余裕はない。
しかも今、王都の宿は、御神託の影響と貴族たちの冬の社交のために確保しにくい状況にある。
「よろしく頼む」
エンディは当分、ここに居座る気らしい。
辺境伯家の家令さんも顔が引き攣っていた。
すみませんが、苦情はティモシーさんにお願いします。
夕食は僕とティモシーさん。
そして向かい側にエンディが座り、後ろには護衛の騎士が立つ。
モリヒトとキランが給仕に付き、アダムは扉の傍で待機だ。
エンディの護衛は、見ない顔の若い騎士だった。
顔見知りの中年の側近兼護衛の騎士はエンディ家の家令に収まっているので、どこからか引き抜いて来たんだろう。
話を聞くと、今の領地の古参貴族の嫡子らしい。
しばらくは社会勉強で連れ回しているそうだ。
「アタトにも顔見せしておこうと思って連れて来た」
それは御丁寧にどうも。
「面倒見の良いエンディ様らしいですね」
良かったな、若者。
エンディは王子殿下の頃から人望があるというか、周りに嫌なヤツがいない。
皆、無意識に彼に惹かれてしまうのかも知れないな。
「それで、明後日の式典には列席されるのですか?」
僕は、食後のお茶を飲みながら訊ねる。
「それもあるが、出来ればその前にエルフ様に会い、お悔みを申し上げたい」
エンディの言うエルフは勿論、教会にいる白い女性エルフだ。
「式典の前だと、明日しかありませんが」
僕はティモシーさんを見る。
教会も警備が強化されているだろう。
「すでに厳戒態勢ですよ。 エンディ様がお願いしても、聖域に入れるかどうかは微妙ですね」
教会内部には入れても、中庭にある聖域までは無理かも知れない。
まあ、真っ当に行けば、そうなる。
誰もが、式典までは彼女たちを刺激したくないと思っているからな。
でも。
「アタトなら、どうとでもなるだろ?」
その悪い笑顔は止めてくれんか、エンディ。
確かに僕なら、なんとでもなるけど。
「準備だけはしておいてください。 時間は後ほどお知らせします」
僕の言葉に、新人護衛騎士の目が点になった。
「さすが、アタトだ。 頼む」
そう言って、エンディたちとティモシーさんは部屋へ戻って行った。
はあ、ため息しか出ない。
「アダム。 悪いけど教会の様子を見て来てほしい」
出来れば女性エルフにエンディに会ってもらえるか、訊いてきてもらえると助かる。
『承知した』
アダムは光の玉になり、姿を消す。
『本当に聖域に行くのですか?』
モリヒトは不思議そうに僕を見る。
「そのつもりだが?」
聖域の整備をしたのはモリヒトだ。
他の誰も出来なくても、モリヒトなら侵入は軽い。
僕だって、王族への対面を控えた彼女と水の精霊を刺激したくはない。
だけど、エンディには明日しか時間が取れない事情があるんだろう。
「エンディにとって老魔術師は、遠く離れて暮らしていても、王宮にいる母親同様、心の支えだったと思う」
その老魔術師との別れをさせてあげたい。
『ああ。 サンテとハナみたいに、ですね』
うん、そうそう。
『まるで子供扱いですね』
いや、そんなことはーーあるかな。
「そうかも知れない」
僕は、エンディの出来が良すぎて、逆に心配になる。
「たまには老魔術師の代わりに心配してやるか」
モリヒトは『またお人好しが始まった』と、眉を顰めた。
真夜中より明け方に近い時間、僕はモリヒトと共に辺境伯王都邸本館へ向かう。
エンディの部屋は見張りの警備兵が扉の前に立っているのですぐに分かる。
「お疲れ様です」
あくびを噛み殺していた若い新米騎士に声を掛けた。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
と、慌てる騎士を避け、部屋に入る。
「煩いですよ。 他の方の迷惑になります」
部屋に入ると、すぐにモリヒトが防音の結界を張った。
「遅かったな」
エンディはしっかり出掛ける準備を完了していた。
「はっ、エンディ様?」
驚く騎士に「お前も行くか?」と、訊ねた。
「えっ?、はい。 勿論、どこでもお供します!」
「というわけだ。 アタト、頼む」
エンディは僕を見て、僕はモリヒトを見る。
『分かりました』
モリヒトは若い騎士を近くに呼び寄せる。
『目を閉じていてください』
「はあ」と、騎士は素直に目を瞑る。
一瞬で、モリヒトの結界ごと移動。
途中、教会の結界を通るため、空間ごと揺れるのを感じた。
『着きました』




