第四百七十七話・湖の街の神官
その後、女の子たちはキランがメイド仕事の見学に連れて行ってくれた。
僕は、サンテとニーロの書道の様子を見ながら、イブさんと湖の街の話をする。
イブさんが気にしている湖の街へ、解決するための案を持ち掛けていることを話した。
「一応、精霊様が新しい施設を許可されないかも知れないと手紙を出しておきました」
僕がそう話すと、イブさんは驚く。
「それは」
「僕は、精霊たちと街側、神官長やご領主との仲介役です。 街がイブさんと精霊に対し無理を強いるのであれば、地盤改良の解除を考えないといけませんので」
イブさんは困った顔をする。
「私のために、街の皆様にご迷惑が掛かるのではー」
僕は片手を上げ、イブさんの言葉を遮る。
「先にイブさんに迷惑を掛けたのは向こうです。 それに普通の住民には被害はないでしょう」
新しい施設に来る観光客が目当てなら知らん。
「それに、向こうがこちらの案を受け入れてさえくれれば、片付く話ですから」
そこまで上手くいくとは思っていないが、どこかで妥協してほしいと願っている。
「それってほぼ脅迫では……」
イブさんが小声で何か言ってるが、聞こえなーい。
「春までには答えが出ると思いますので、そのつもりでいてください」
イブさんは頷いた。
「あの街が精霊様に刃向かうとは思えません。 私は覚悟を決めなければなりませんね」
うん?、覚悟って。
「アダム様のこともありますし、やはり私は施設にいなければなりませんよね」
それは、そうなんだが。
イブさんの顔が暗い。
そんなに荷が重いのだろうか。
「えっと。 新しい施設に関しては、アタト商会から監視役を派遣する予定です」
どちらにしても。
「イブさんさんには責任者ではなく、教師役のみ、お願いすることになります」
神官としての仕事もあるわけだし、女性神官の育成専任ということにはならないと思う。
「えっ、本当ですか?」
僕はニッコリと笑う。
向こうがこちらの案を呑んでくれたら、だけどね。
「責任者なんて、教会の施設なら神官長だし、街の観光施設ならご領主になるでしょ?」
精霊との仲介役としてアタト商会が介入するから、共有施設となる可能性もあるにはあるが。
「イブさんを責任者にはさせませんよ」
僕が精霊たちを使ってでも阻止する。
だって、イブさんが病んだりしたらどうするんだよ。
アダムが黙ってないぞ。
「あ、あり、ありがとうございます」
イブさんはポロポロと涙を溢す。
泣くほど嫌だったのか。
「アタト!、イブさんを泣かすなあ」
筆を持ったままのサンテが叫ぶ。
サンテの気安い話し方に、ニーロが驚いている。
「煩い。 お前らはちゃんと集中しろ」
止めてくれ、墨が飛ぶ。
この墨は、モリヒトの洗浄でもなかなか落ちないんだから、気を付けてほしい。
イブさんは少し落ち着いたようだ。
「王都で神様の御遣いというエルフ様が降臨されて。 もしかしたら、湖の街でも期待が高まっているんじゃないかって心配で」
今回の御神託は、すでに教会の通信網で全国の教会が知ることになった。
「自分の所にもいつか降臨されるかも知れない」
そんな期待を持つ者がいても不思議ではない。
湖の街は、正式に精霊の姿が確認されている数少ない土地である。
それが自慢だったが、本部に神の御遣いや精霊が現れ、自分の土地の人気が落ちてしまう。
「そうなると、ますます無茶を言い出しそうで」
イブさんは、それを心配していたようだ。
「僕は異種族なのでよく分かりませんが、きっと神はイブさんを見ていらっしゃいますよ」
彼女はハッとして微笑んだ。
「ありがとうございます」
神職に掛ける言葉は「神は見守っておられる」が一番効くってヤマ神官が言ってた。
これ、良し悪しに関わらず使えるな。
後でバチが当たっても知らんけど。
午後からは自由時間である。
のんびり読書でも、と思っていたら突然、教会から客がやって来たという。
呼ばれて玄関に向かうと、警備付きの、やけに立派な馬車だ。
降りて来たのはオールグォー司祭とグレイソン神官だった。
滅多に教会から外には出ない方のはずだが、何かあったのだろうか。
グレイソン神官は仰々しく、懐から紙巻を取り出す。
王宮からの依頼だった。
だから高位貴族である2人が来たのか。
「これをアタト様にお渡しせよ、と」
「招待状ですか?」
いやいやいや、それにしても僕一人を招待するのに大袈裟な人選でしょうに。
なので、会わないわけにはいかなかったんだよ、チクショウ。
「はい。 ようやく日程が決まりまして」
急だが、2日後、僕が教会に行く日。
先日の御神託によるエルフと精霊について、王族が確認するという儀式がある。
「アタト様にもぜひ、来て頂きたい」
と、いうことである。
「王族は誰がいらっしゃるのですか?」
まさか国王陛下とはいかないだろう。
高位貴族と教会は表面上、対立関係にある。
王族は中立という立場だ。
「王太子殿下が臨席なさいます」
うへ、あの第二王子と見栄の張り合いをしている第一王子か。
「それとー」
グレイソン神官が目を逸らす。
「末の王女様とご隠居様が、どうしても神の御遣い様とその眷属精霊を一目、ご覧になりたいとー」
正式な参列者ではなく、御忍びで一般の参拝者として訪れたいらしい。
はあ、なるほど。
まず無理だろ。
「僕にその2人の相手をしろ、ということですか」
オールグォー司祭が、
「神官長からの推薦じゃ。 我らからもお頼み申す」
と、大仰に頼まれた。
司祭補佐のグレイソン神官は、かなりお疲れのようだ。
「勿論、当日は教会警備隊も王国軍の精鋭も警戒に当たりますが。 何ぶん、相手がエルフ様や精霊様では、我々はどうして良いか」
まあ、太刀打ち出来ないだろうね。
そんなことにはならないと思うけど、精霊は気紛れだし、あの虹蛇は主人のいない精霊だ。
何が気に障るか、分かんないしなあ。
僕としては人混みは苦手だし、王族と懇意にしてると思われるのは避けたい。
が、もう色々とやらかした後だし。
「分かりました。 当日、お伺いいたします」
やれやれ。




