第四百六十九話・神の慈悲はあるか
イブさんの話は一旦置いて。
「話を戻そう」
と、ヤマ神官が咳払いした。
今回の一番の問題は、教師役をしていた神官たちの今後である。
人手不足もあり、教会からは解雇というか、放逐は出来ないそうだ。
清廉潔白な神官の印象を損なうし、嫉妬の塊みたいな者たちを街に放り出すことも出来ない。
絶対、碌なことにはならないだろうとのことだ。
僕は不思議に思う。
「本人たちに選ばせるわけにはいかないのですか?」
「選ばせる?。 あやつらは何かを選べるのかね」
老騎士は案外、辛辣だな。
「僕は修行次第で魔力は伸ばせると思っています」
教師役の彼らの嫉妬は魔力の多い者に向けられていた。
「そうだな。 アタトくんの指導を真面目に受けていれば、彼らも魔力を伸ばせただろうに」
「ええ。 でも彼らには神官であるという自尊心から、見習いと同じ修行など出来ないという反発が見えました」
僕に対する授業妨害も、魔力漏れの子供に対する態度も、それが根幹にある気がする。
しかし、今は彼らの評価は下がり、下手をすれば見習い以下だ。
自尊心など吹っ飛んだ頃だろう。
「今こそ、神の慈悲を」
僕が言うのも烏滸がましいけど。
「もう一度、機会を与えると?」
僕は頷く。
「教会からの強制ではなく、彼らには自分で選んでもらうんです」
再出発か、停滞か。
「具体的には、僕の指導を見習いたちと一緒に受ける。 それが無理なら、自力で習得するための道具は与える」
道具一式だけあれば、独学でも可能だ。
かなり大変だとは思うが。
「それが神の慈悲なのかね?」
老騎士は腕を組んで僕を睨む。
まあ、神なんて言葉を利用すれば神職者は良い気はしないよね。
「いえ、慈悲というのは。 彼らに街に出て治療や浄化に参加してもらうことです」
王都でなくてもいい。
地方や近隣の町でもいい。
「それはー。 ある意味、拷問に近いというか」
ヤマ神官も困惑顔である。
「でも、あの方々も最初は神官になって人々を救いたいという気持ちはあったはずです」
彼らはギリギリの魔力で神官にはなれたものの、一般的な治療や浄化には魔力不足で戦力外とされた者たちだ。
街に出れば、その力不足が露呈する。
「そこは魔道具で何とかなるんじゃないですか?」
今現在、見習いたちは忙しい神官の代理として、普通に魔道具を使って働いている。
「なるほどな」
「田舎に行けば、神官のいない教会もありますよ」
見習いだけでがんばっている地域はあるのだ。
そこへ、魔道具頼りだとしても神官が来てくれることは『神の慈悲』に他ならない。
「彼らに対する慈悲ではなく、困っている人々への慈悲か」
ヤマ神官が「なるほど」と頷く。
「御神託だとでも言えば、誰からも文句は出ないと思いますけどー。 あー、これは余計でしたね」
また睨まれちゃった。
とにかく、彼らに選ばせるのは。
王都本部内で見習いと一緒に指導を受けつつ、街の治療の出動にも参加する。
地方の教会へ出向し、独学で学びながら、魔道具頼りの神官として働く。
「他にもやりようはあると思いますよ。 例えば、どこかの神官養成施設で一から勉強しなおす、とかね」
ブハッと老騎士が堪え切れずに笑い出す。
「ワハハハッ、女性神官だけでなく、範囲を広げさせるか」
「教会や領主との交渉次第ですけどね」
女性だけを集めるというのが、そもそも胡散臭い。
美しいものが好きな精霊は、見た目が美しいだけじゃダメなんだ。
「世の為人の為ならば、男女など関係ないはずですから」
ヤマ神官の言葉に「まったくだ」と頷く。
そこへ扉を叩く音がした。
『神官長のお付きの方のようです』
と、モリヒトが言うので、扉を開く。
「ヤマ神官様、神官長がお呼びです」
「分かりました」
というわけで一旦、解散になる。
「もしよろしければ、昼は例の場所にいます」
僕が昼食会議の提案をすると、2人とも頷いた。
軽く挨拶をして部屋を出る。
教務堂の奥へ向かって歩いていると、途中で警備隊の若者に声を掛けられた。
「アタト様、本日はこちらです」
えっ、昨日の物置部屋じゃないんだ。
「失礼します」
扉を開くと墨の匂いがした。
案内されたのは、教室というより会議室のような部屋だ。
しかも、わりと広くて綺麗。
まあ、昨日が最低の部屋だったんだろう。
「おはようございます!」
グレイソン神官を先頭に、ガタガタと椅子を動かして挨拶してくる。
「おはようございます。 続けてください」
それぞれが座り直し、集中し始める。
途中の休憩が終わり、紙を広げて書き始めたところだったようだ。
皆、上着を脱ぎ、黒っぽい私服である。
グレイソン神官も昨日よりは庶民的な私服になっていた。
「では、私も参加させて頂きます」
そう言って、ゼイフル司書はサッサと教壇を降りて、空いている席に道具を広げた。
僕は苦笑しながら教壇の椅子に座る。
グルリと室内を見回し、緊張しながら筆を持つ見習いたちを眺めた。
ふう、朝から疲れたな。
正直言うと、僕は教師をしていた連中がどうなろうと知ったこっちゃない。
ただ、子供たちには同情する。
教会はある意味、隔離された狭い世界だ。
神職にならないのであれば、あの子たちは早く世間に放り出すべきだと思うけどな。
勿論、面倒を見てくれる者は必要だ。
「辺境地ならすぐにでも働けるのに」
つい声に出てしまう。
「アタト様が働くのですか?」
一番前の席にいた女性見習いに聞こえてしまったようだ。
「いや、僕じゃなくて。 ここの施設の子供たちって仕事や養子縁組はどうなってるのかなあ、と思ってね」
「それなら」と女性見習いが教えてくれた。
「最低限の礼儀作法と文字や計算を習得した子供からもらわれていきますよ」
特に成績が良い子供は高給な貴族家に高級使用人候補としてもらわれていくのだと、胸を張って言う。
教会側としては自慢の生徒なんだろうね。
でも高位貴族家に引き取られ、その家の息子に殺された少女を知っている僕としては、あまり喜べない。
「ヤマ神官が定期公演をされているのをご存知ですか?」
ん?、いや。 それが何?。




