第四百六十七話・教会の処分の意味
「よろしくお願いします」
固形墨と硯の契約が完了。
後でお婆様に送っておこう。
「では」と立ちあがろうとすると、店主から食事に誘われた。
「夕食をご一緒に如何でしょうか。 よろしければ有名な店にご案内させて頂きますが」
ああ、もうそんな時間か。
「いえ、子供がそんな店に出入りすれば目立ちますから」
静かに暮らしたいんだよ、とね。
「ではでは、後日にでも昼食にご招待させてください!」
どうやら、よほど僕を引き込みたいとみえる。
「そうですね。 こちらの希望としてはー」
「はい、なんなりと!」
店主はやけに前のめりだな。
「僕は大国ズラシアスに興味があるんですよね。 確か、この店は大使御用達と伺ってますが」
「ええ、ええ、もしよろしければ顔繋ぎでもいたしましょうか?」
早い早い。
まだそこまでには無理がある。
アタト商会として、王都での実績が必要だ。
「それなら、硯が全部売れたらで結構ですが」
硯は仕入れ価格のみ提示してある。
上乗せはこの店の裁量次第だ。
儲けるのも、損を覚悟で利用するのも、自由にすれば良い。
但し、うちの商品にはエルフの印が刻んである。
模倣品は一発でバレるよ。
「大国の大使様とのお茶会でも設定して頂きたいですね。 僕は、この冬の間は王都にいますから」
この国の貴族にとって、冬は社交の季節。
いつもどこかの屋敷でお茶会だの、夜会だのが繰り広げられているそうだ。
そんなものには興味はないが、大使には興味がある。
サンテたちの身内だというなら、今さら出て来て何がしたいのか探りたい。
「承知いたしました。 硯を完売させてみせましょう。 その時には」
「ええ。 ご招待、お待ちしてます」
ニコリと笑い、固形墨と硯の卸価格の契約書を確認して保管庫へ入れる。
支払いは売れてからでいいと言ったら驚かれたが、実際売れるかどうか分からない品物だ。
売れなければ引き上げるつもりで店に置いてもらう。
王都では、まだアタト商会は一部にしか知名度はないからな。
「ありがとうございました」
店主の見送りを受けながら、店を出る。
「もう陽が傾いてきやした。 急ぎましょうや」
バムくんが先頭に立ち、辺境伯王都邸へと帰った。
ふと、貴族の居住区なのに怪しい者の気配を感じる。
やはり、大使はまだ諦めていないようだ。
翌日も教会に出勤。
今日は僕とモリヒト、ティモシーさんにゼイフル司書だ。
勿論、ゼイフル司書は生徒としての参加である。
「あれ?」
入り口にヤマ神官が待っていた。
「ヤマ神官、おはようございます」
「おはようじゃありませんよ、アタトくん。 こっち来てください!」
引き摺られるように教会執務堂のヤマ神官の部屋に連れて行かれた。
「これから指導があるのですが?」
「誰かに頼んで……ゼイフル様、お願いいたします!」
「えっ、私ですか?」
ゼイフル司書が狼狽える。
ヤマ神官に頼まれて、ゼイフル司書が行くことになった。
「大丈夫です。 女性の見習いの方が心得ていらっしゃいますから」
彼女に聞けばいい。
ティモシーさんに護衛を頼んで、先に教室に向かってもらう。
「終わり次第、僕も行きますんで」
「は、はい、分かりました。 なんとかやってみます」
2人が出ていくとモリヒトが結界を張る。
ヤマ神官の様子から何かあったのは分かるが、それが僕に関係があるのかどうかの問題だ。
「僕に何かご用ですか?」
ヤマ神官がため息を吐く。
「昨日、神官長に2日前の報告を行ったんだが、かなりお怒りでね」
緊急で高位神官を集めた会議が行われたそうだ。
それがかなり紛糾し、結局終わったのは夜だったらしい。
「しかも、結論は出なかった」
「何に対してですか?」
僕の指導の件で、教師たちから苦情がいったのかな。
「子供たちや見習いの指導を任せていた教師役たちについてだ。 彼らこそ、再教育が必要だろうということになったんだが」
神官はメチャクチャ忙しい。
そのため放置していた問題が露見したという感じか。
しかし、当事者たちの処分方法で揉めているらしい。
あらかさまに指導の仕方や態度に問題あり、にしてしまうと、今まで彼らに従って来た神官や見習いたちが混乱する。
「かといって、今のままの彼らに引き続き指導させるわけにもいくまい」
ヤマ神官が腕を組んで唸る。
ほー、そんな問題なんだ。
で、それが僕となんの関係があるのか。
「アタトくんが見破ったんだろう?」
は?、そんなつもりはこれっぽっちもないが。
「僕は子供たちの喧嘩の仲裁をしただけですよ」
僕の修行の妨害は予想していたけど、あそこまで酷いとは思わかった。
そんな人物だから、子供たちが悪影響を受けてしまうと感じて引き離しただけだ。
「あの魔道具の入手経路は分かったんですか?」
ヤマ神官は頷く。
「警備隊の休憩所から盗まれたものだと判明した。 紛失したことを隠していたか、報告を受けた者が握り潰したのかまでは分からないが」
そっちもヤバそうね。
「お蔭で引退を引き伸ばして頂いていた隊長が、引責辞任を申し出ている」
実際に魔道具が子供の手に渡り、使用寸前だったことは明らかだ。
誰かが責任を取らなければならないってことね。
ふうん。
「隊長にお会い出来ますか?」
「あ、ああ」
ヤマ神官は、僕の突然の申し出に驚きながらもお付きの見習いに伝言を頼んでくれた。
しばらくして、部屋に老騎士が入って来る。
「おお、エルフ殿。 ご活躍だったそうじゃな」
「隊長さんまで、止めてください。 それより、警備隊長の職を辞められるそうですね」
「うむ」と、老騎士は頷く。
「わしは家族を流行病で亡くしてな。 家にひとりで居ても暇だからと、いつまでも教会に顔を出していた。 だが、そろそろ後輩に道を譲ると決めたよ」
「では王都にいる必要もない、ということでしょうか?」
老騎士は顔を顰める。
「それはどういう意味だね?」
「はい、僕があなたを雇っても構わないかと訊ねています」
「は?」「えええーっ」
そんなに驚くこと?。
「アタト商会は人手不足なんですよ」
「嘘つけ!」
ヤマ神官、ひーどーいー。




