第四百六十話・昼食の弁当がある
なんで?。
「モリヒト。 どうしたの、コレ」
『先ほど本部に戻りましたところ、食堂の主人夫婦から渡されました』
昨夜「春まで帰れない」とお婆様に伝えたことが発端らしい。
『アタト様が辺境の町を忘れないように、でしょうか。 何日分かの弁当を渡してほしいと頼まれたのです』
早起きして、本部にいる皆で手分けして作ってくれたそうだ。
『色々と種類がございますので、中身が気に入らない場合は誰かと交換してください』
パンあり、ライスあり、パスタもある。
僕は、弁当箱に詰められた心遣いに目頭が熱くなり、ついウルッとしてしまう。
「ほお、辺境地の料理かね」
老隊長が受け取った弁当箱を開く。
「おお、これは美味そうだ」
「美味しいです!」
女性見習いが絶賛する。
モリヒトは立っている警備隊の若者たちにも渡す。
「ありがとうございます!」
彼らは交代しながら食べていた。
ヤマ神官は無言で食べ続け、食べ終わるとお代わりを探していたが勿論、モリヒトに却下されている。
モリヒトがお茶を淹れ、アダムが配る。
僕は食べ易い魚醤の焼きおむすびにした。
「ねえ、モリヒト」
『はい』
「結界が透明になってて、通路から丸見えなんだが」
僕たちがワイワイ楽しそうに食事をしている様子を、3つの建物を繋ぐ渡り廊下から見ている者たちが大勢いた。
普段、中はボヤけてて、はっきり見えない程度になっているはずだが。
『ああ、申し訳ありません』
すぐに半透明になり、見えなくなった人々からザワザワする様子が聞こえた。
いやあ、あんだけたくさんの人に見られたら食べられないよ。
モグモグ。
さて、皆の興奮がひと段落したところで話をする。
「ヤマ神官。 今日の感触ではあの神官たちに作業は無理ですよ」
「う、ううむ」
モリヒトとアダムが弁当箱と茶器を片付けている。
「僕としては、無駄な努力はしたくないし、彼らだってやりたくないのは見てれば分かります」
「しかし、あの作業だけでも覚えたら、魔力は向上すると思います」
実は自分もやりたい、とゼイフル司書が言い出す。
「それは構いません。 ヤマ神官様、道具一式はまだありますよね?」
というか、不要になった神官たちの分もあるはず。
僕が訊ねるとヤマ神官は頷いた。
見習いの方たちの方を向く。
「交替で覚えるそうですが、道具は共有ですか?。 それとも各自で自分の分として配給されましたか?」
見習いたちは顔を見合わせる。
「私だけ自分専用の一式を頂きました。 彼らは、その、交替する方と共有です」
と、女性の神官見習いが答えた。
「じゃあ、余った分をもらって各自専用にしましょう。 いいですよね?」
ヤマ神官に笑顔で訊ねる。
「ああ、まあ、余らせても仕方ないからなあ」
道具は入門用で価格も安いし、たぶん教会からの貸し出しになるんじゃないかな。
男性見習いたちが喜んでいる。
「今日教えたことは残りの方にも教えて上げてくださいね」
教室に戻ったら、今日は磨り方だけをやろう。
「はい!」
決して若くはない者も混ざっているが、彼らのやる気は気持ちが良い。
それがいつまで続くかは分からないがな。
先ほどの教室。
ヤマ神官には机に並んでいた道具類を一旦、回収してもらう。
それを改めて、ひとりひとりに渡す。
「じゃあ、やりましょうか」
最初に必要なのは固形墨と硯、そして少量の水だけである。
「まずは椅子に座る姿勢から」
背筋を伸ばすこと。
そして、墨が飛んでも服に着かないように気を付けることを話す。
そこへバタバタと足音が近付いて来た。
「遅れて申し訳ありません!」
扉を開けたのはグレイソン神官だった。
彼は司祭補助の神官なので忙しいのだろう。
「こんにちは、グレイソン神官様」
彼は自分で購入した一式を持っていた。
しかし、固形墨と硯は、まだ王都では1種類しかない。
つまり、品物は同じである。
僕は一度手本を見せると、後は各自で練習させる。
「では、姿勢と、墨の飛び跳ねに注意して」
生徒はグレイソン神官、見習いは女性が1人と男性が3人である。
そこにゼイフル司書も加わった。
「なんだか不思議な感じです。 まるで子供にかえって、学校に通い出したようだ」
と、ウキウキとしている。
「ひたすら磨りますが、目的は精神集中です。 それを忘れないように」
「はいっ!」
生徒のやる気があるのはいいが、集中は難しい。
どうしても最初は他の人が気になるし、自分がキチンと出来ているのか分からない。
そんなわけで、どうしてもガヤガヤしてしまうのである。
「十分磨れたと思ったら、筆に含ませて紙に落としてみてください。 ちゃんと真っ黒な墨になっているか、分かります」
水っぽい黒は磨りが足りない。
「しばらくがんばって見てください」
今日のところはここまでだ。
「ヤマ神官、後はよろしくお願いします」
「承知した」
僕たちは頷き合う。
僕が廊下に出ると、若い警備隊員が2人、扉の側に立っている。
「お疲れ様です。 誰か来ましたか?」
彼らに声を掛ける。
「はい。 2人ほどいらっしゃいましたが、許可なく入室は出来ないとお断りいたしました」
僕は教師たちの入室を禁じ、修行自体から締め出したのである。
「どんな様子でしたか?」
「えっと、かなり怒ってました。 誰の許可が必要かと訊かれました」
そこへ、高齢の神官を先頭に教師役の神官たちがやって来た。
「エルフ殿、これはどういうことですかな」
ズラリと、午前中は何もしなかった連中の顔が並ぶ。
「モリヒト、結界を頼む。 廊下で騒ぐと修行の邪魔になるからな」
『承知いたしました』
モリヒトが防音の結界を周囲に張る。
叫ぼうが喚こうが、これで教室内には聞こえない。
僕は首を傾げる。
「えっと、あなた方はまったくやる気がありませんでしたよね?。 何故、こちらにいらしたのですか?」
「何を言う。 わしらは神官長から指名され、ここに来たのだぞ」
「でも、許可が出ませんでした」
「許可だと?。 神官長からはー」
僕は相手の言葉を遮る。
「精霊様が許可されませんでした」
こんな汚れた魂には無理なんよ。




