第四十六話・塔の同居人が増えた
「時間稼ぎしろ」ということなんだろう。
町の大人たちがエルフの子供である僕に希少な才能を持つ子供を預ける。
ここなら見つからないだろうから、大人たちの結論が出るまで預かれってことだろ。
分かった、任せろ。
隠蔽は得意だ、モリヒトが。
僕は手紙をモリヒトに返し、燃やして消してもらった。
僕の火魔法はまだ安定しないから建物の中では使わないようにしている。
ガビーがタヌ子と一緒に地下から上がって来た。
「あのー、アタト様、あの子はどうするのですか?」
不安そうな顔をしている。
タヌ子が僕に駆け寄って来てガシガシと腹によじ登って来た。
不安そうな目をしている。
「しばらくは客扱いだ。 寝る場所は僕の部屋、仕事は僕たちの手伝いでいい」
まだ何日間になるか分からないし、適当に釣りでもさせておけ。
「はい、分かりました」
ガビーが頷く。
それから。
「モリヒト。 ついでだからトスに魔力の修行をさせてみたらどうかな」
儀式が終わったみたいだからトスの魔力開放は終わっているはずだ。
『わたくしはアタト様の眷属ですから、彼がアタト様の命令に従うというのであれば鍛えますが』
反抗的な場合は指導する気はない、と。
「分かった。 その辺りは本人に確認しよう」
キュー
「あいつは少し騒々しいかも知れないが、タヌ子も仲良くしてやってくれ」
ニャニャ
魔獣のくせに表情が豊かなタヌ子は大きくなってもかわいいな。
夕方になって目が覚めたトスに、この塔にいる間の注意を伝える。
「家事はモリヒトとガビーがやるから手を出すな。
手伝って欲しい時は声を掛ける。
ガビーの鍛治室には不用意に近付くな。
怪我をしても知らんぞ」
トスはウンウンと頷きながら聞いている。
いや、何だか目が一点しか見ていない。
僕は肩を上下させて大きくため息を吐く。
「そんなにこの耳が珍しいか」
「あ、ごめん」
トスの顔が赤くなる。
「やあ、本当にエルフなんだなーって思ってさ。
爺ちゃんが言ってたけど、オラ半分信じてなかっただ」
あれ?、漁師さんたちは知ってたっけ……。
僕はエルフといっても肌は日に焼けて濃い色をしているし、目は黒く髪は真っ白だ。
「ほんっとに、オラたちとあんま変わらんのなー」
耳さえ見られなければ、トスが自分と同じ人族だと思っても不思議ではない。
まあ、仲間だと思ってくれ。
塔の地下に風呂場を造った。
ドワーフの親方が海に面した崖を利用した露天風呂を設計してくれたのである。
「雨風が強い日は使えませんね」
と、残念そうにガビーは言うが、僕は首を横に振る。
「露天部分はモリヒトの結界魔法で囲えばいいさ」
魔法を維持するための魔石なら結構溜まってるんだ。
出来るよね?、とモリヒトを見るとちゃんと頷いた。
『親方の設計通りに崖に穴をあけ、湯船のある浴室を設置いたします。
天井と海に面した部分はわたくしの結界魔法により、その都度、透明と不透明を選択出来ます』
荒れた天気をわざわざ見ることもないからな。
あっという間に完成である。
「ありがとう。 すごく嬉しいよ!」
僕は今までで一番モリヒトに感謝した。
少し頬を染めたモリヒトはコホンと咳をして、嬉しそうな顔を誤魔化している。
『しかしアタト様。 まだ給湯の魔道具が設置されておりませんから』
そうなんだよ。
「あの設備は『異世界人』の知識らしいので」
ヨシローに詳しく風呂場の造り方を聞いたガビーも、そこは教えてもらえず、魔道具だけは購入することになった。
黒色絵の具の件で貸しが出来た魔道具店に給湯設備を頼んでみたら、
「喜んでご用意させて頂きます。 ただ、取り寄せに日にちが掛かりますので、しばらくお待ち下さい」
と、言われてしまった。
仕方ない。 ここは田舎だからなあ。
そんなわけで「風呂入るか?」とトスを誘ってみる。
「あるの?」と、驚きながら地下通路をついて来た。
「まだ給湯魔道具が付いてないけど、モリヒトが魔法でお湯を入れてくれたから」
湯船と、洗い場の隅に置いてある特大の水瓶にお湯を入れてもらってある。
いくらモリヒトの魔法で出してもらえるといっても、無限ってわけじゃないし、節約したほうが良いなと僕はトスと一緒に入った。
「ふわあ、あったかーい。 これが風呂かー」
この世界の季節はよく分からないが、僕の体感では夏から秋に向かっている。
朝晩冷え込むようになった。
「ちゃんと温まって、石鹸で全身洗えよ。 汚いやつは置いてやらん」
「わ、分かった」
トスはモリヒトに睨まれて、おとなしく僕の言うことを聞いている。
服を着たままの大人のエルフが浴室内に控えているからなあ。
子供がビビッても仕方ない。
でも、この塔にいる間はモリヒトに従えよ。
逆らったら放り出されるぞ。
「ふう、さっぱりした」
モリヒトに風魔法で髪や体を乾かしてもらって部屋に戻る。
ガビーが飲み物を用意して待っていて、それを飲んで一息ついた。
「美味いな、これ」
ふっふっふ。
笑顔のトスには悪いが、お前のは果実汁で、僕のは果実酒である。
並んだベッドに僕たちが潜り込むと、ガビーが「おやすみなさい」と挨拶して出て行った。
枕元の照明を一つだけを残して明かりを消す。
昼間ぐっすり寝ていたし、慣れない場所に来ているトスはなかなか寝付けないだろう。
「トス、良かったら貸すよ」
と、借りている子供用の本を一冊渡す。
「お、ありがと」
パラパラとまくっている様子を見ると、文字は読めるみたいだ。
「アタトはこれ、読めるのか?」
「エルフ文字とは少し違うから、覚えるのに時間がかかったけどな」
今はだいたい読めると言うと、トスは感心したように頷く。
「オラ、学校で読み書きは習ってんけど、漁師になるんにそんなんいらんやろって思うとった。
だけんど、爺ちゃんが市場で魚売ってて、手伝おうにも字が読めんから苦手で。
やっぱ、勉強せんとあかんなあって思ったわ」
勉強は好きじゃないが一応は出来るそうだ。
「そっか」
「がんばれよ」と心の中で呟き、僕は目を閉じる。
モリヒトは、光の玉に戻り、姿を消した。




