第四百五十二話・見習いの教育の前に
なんとなく、本部の修行が大変だという意味が分かってきた。
神官になるために必要なものは概ね3つ。
信仰、光魔法、そして清廉であること。
それが揃うと民からの尊敬が得られるという。
「根本は信心か」
神に対する忠誠心とでも言おうか。
一心不乱に祈り、富を捨て人々を救う、光魔法の使い手。
それが神の理想とするところらしいな。
だけど、どうやって神はそれに応えるのか。
熱心に祈りを捧げる人々を見て、いつも疑問に思っていた。
「ちゃんと神様は見ておられます。 修行を積んだものにはそれなりに恩恵がございますよ」
僅かだが、魔力が強くなり、量が増えるという変化があるそうだ。
そりゃ、普通の魔法でも訓練を積めば強くなる。
しかも神官は光魔法特化型。
そればかりを伸ばす訓練をやるそうだから、当たり前である。
剣の才能がある兵士が訓練すればするほど伸びるのと同じだ。
「しかし、教会の修行では行き詰まりを感じることもあります」
グレイソン神官は顔を歪めた。
「それは、魔力の伸びが分かるようになるまでには、かなりの時間がかかるということです」
見習いから神官になれるまでに何年もかかるのだ。
「どれくらいですか?」
「神官になるための魔力を確認する試験がある。 魔力の伸びが一番の目安になるからな。 早いと言われた私でも3年だ」
ヤマ神官は実体験を交えて話してくれる。
「普通でも5年から10年だな。 だから、イブリィーの昇格は驚かれたし、妬まれたのだ」
そうそう、そこなんですよ。
僕は教壇に立つと、並んで座っている神官たちに訴えた。
「あなた方は勘違いをしていらっしゃいます」
声を大にして言いたい。
「イブリィーさんが神官になれたのは、ここにいる東風の精霊のお蔭です。 決して僕が指導したせいじゃありません!」
神官たちがザワザワとする。
たまたま滞在していた街で精霊と出会い、人間との仲介役を頼まれた。
その時、たまたま傍に居たのがイブさんだった。
僕は経緯を説明する。
「しかし、イブリィーはキミを師匠だと言ってるが?」
ゼイフル司書が訊いてくる。
「それは彼女が僕の字を気に入って、教えて欲しいと頼まれたからです。 神官になったこととは、まったく関係ありませんよ」
ヤマ神官がイブさんに「本当か?」と訊ねた。
「はい。 アタト様の書く文字は大変美しく、かつ、魔力に溢れておりますので」
両手を胸の前で組み、ウットリとした表情で話すイブさん。
その表情は見たことがあるな、と思ったら、神の話をする時のグレイソン神官の顔だ。
うわ……狂信者。
「ふむ。 しかし、アタトくんは魔力漏れを起こしている少年にも文字を書く指導をしているよね?」
う、ヤマ神官。 今、その話はしてほしくなかった。
「魔力の安定のためです。 そういえば、ヤマ神官も僕の書道一式、取り入れていらっしゃったと思いますが」
「そうそう。 アタトくんほどではないがね。 子供たちに文字を書く練習は効果がある。 皆、集中してくれるし、文字を覚えることも早い」
それには室内の教師たちが騒めいた。
「いつの間に取り入れていらしたのですか?」
グレイソン神官はヤマ神官に詰め寄る。
すでに本部で取り入れている指導方法なら、こんなに大袈裟に人を集めたりしなくて済んだ。
「私のはあくまで魔力漏れの疑いのある子供たちの治療目的だ」
ヤマ神官は嫌々ながら認めた。
ガタンと椅子の音がした。
「どういうことでしょうか、神官長殿」
ひとりの高齢の神官が不機嫌そうに立ち上がった。
「見習いから神官になれる新しい修行方法だというから、我々も忙しい中、こうして集まったというのに」
不遜な態度を取る高齢の神官は、新しい神官長に対して反発しているようだ。
神官長とヤマ神官をギロリと睨んでいる。
「ああ、そうだな。 申し訳ないことをした。 しかし、時間の無駄ではないと思いますぞ」
そう言って、神官長は僕たちに向かってニコリと微笑んだ。
「アタト様の文字には魔力が籠っている。 それは教会で配布している御守りで証明されています」
あれは大変素晴らしい、とベタ褒めされる。
「私は是非、あれを神官たちの手で作りたいのです。 ご協力頂けませんか?」
やられたー。
神官長の狙いは最初からこっちだったか。
僕が黙っていると、神官長はグレイソン神官に御守りを一つ持ってこさせ、バラバラに解体する。
子供に与える『健康を願う御守り』として普及し始めているものだ。
教師たちが集まり、興味深そうにそれを見守っていた。
「ヤマ神官、説明を」
神官たちの多くは御守りの存在は知っていても、中身が何かは知らない。
ヤマ神官は渋々、それを解説する。
「あー、はい。 これは、アタト商会から提案されて作られました」
安価で提供された蛇魔獣の革を使った腕輪だ。
中には一枚の紙が挟まれている。
「これには『健康』を願う文字が書かれています」
体の弱い赤子や、病気や怪我などをした子供たちの親が購入していくという。
子供の健康を願う親の気持ちが込められているのだ。
だが、赤子などが身に付けるものなので、当然、魔力は影響が出ないように抑えられている。
「ふん、それでは御守りとしての意味がないではないか」
「勿論、そうです」
魔力解放前の子供が魔力に触れることは避けなければならない。
「しかし、これには色や形が何種類かあり、子供たちが迷子になった時の目印としても使えます」
その上、名前を書いた紙を入れておくことも出来るし、子供が魔力解放される7歳の時に、魔石を入れて本物の御守りにすることも出来るのだ。
説明を聞きながら、ウンウンと頷き感心する神官たちが増えていく。
「これをアタト様がお書きになられたのですか?」
御守りの中の紙を指差し、グレイソン神官が訊ねた。
「ええ、まあ」
「もう少し大きいものはないでしょうか?」
グレイソン神官はかなり興味を持ったらしく、他にはないのかと訊いてくる。
「それなら彼女に実際に書いてもらいましょうか」
僕はイブさんに振った。
「ええっ!」
すまんな。




