第四百五十話・教会の思惑と精霊
教会で女性エルフを迎えるにあたり、世話をする者を選ぶことになった。
とりあえず、神官長やヤマ神官など、最初から面識のあった教会関係者は島に立ち入ることが出来た。
だが。
「一部の者以外は、エルフ様に拒否されたのです」
司書さんが顔を顰める。
美しいエルフに対して下心丸出しのヤツでもいたんだろ。
エルフはそういう好奇の目には敏感だからな。
高位貴族家出身の神官は、多額の寄付で修行を免除されたり、本部以外の領地への出向も拒否出来るという。
本来なら高潔、清廉を求められる神職にあるまじき行為だ。
そんなヤツらに限って、イブさんみたいに目立つ活躍をする者に「ずるい」と文句を付ける。
ごく一部が、そういう者たちだったんだろうさ。
結局、グレイソン神官やイブさん以外で入れたのは、ヤマ神官付きの神官見習いの女性だけだったそうだ。
「それで、その神官見習いを急いで神官に育成したいって?」
「はい。 そういうことだと思います」
イブさんは頷く。
僕なんかは教会の上層部の決定で、すぐにでも昇格させれば良いと思うが、それだと他の神官見習いたちが納得しない。
イブさんは精霊からの要請で神官になった。
それなのに皆に認められるまで半年以上はかかっている。
僕が彼女の魔力を見ていたのは、ただ文字の修行のためだったけど、その成果を見た教会に認められたのだ。
僕は腕を組んで考える。
「別に教会の行事でもないんだから、世話ぐらい普通に外部から人を雇って連れてくればいいと思いますが」
「いえ、それは出来ません」
ゼイフル司書が首を横に振る。
聖域とも言われる場所に神職でない者を入れることは出来ないという。
まあ、色々と部外者に内情を知られるのは拙いってことだろう。
「分かりました。 では準備ができたら向かいます」
ヤマ神官や神官長にも事情を訊きたい。
「よろしくお願いいたします」
イブさんとゼイフル司書は部屋を出て行く。
その前に。
「アダム」
イブさんに付き添っている眷属精霊を呼び止める。
『なに?』
不服そうな顔するな。 モリヒトの機嫌が悪くなる。
イブさんも館内にいれば護衛はいらん。
こっち来い。
以前、教会内部を調べてもらった。
あれから御神託やエルフのことで内部事情はどう変わったのか、教えてほしい。
「イブさんの昇格に文句を言うヤツはいなくなったと聞いたが?」
『フンッ。 口で言わぬだけであろう。 我が居らぬとあらか様に嫌がらせしてくるわ』
そうかー、まだ分からないヤツらがいるのか。
精霊がイブさんの変化に気付かないはずはないのに。
「僕はずっと疑問に思ってるんだが」
僕は黒髪のエルフの姿をしたアダムを見上げる。
「どうしてそこまでイブさんにくっついてるの?」
『ふむ』
なんで本人が首を傾げるんだ。
イブさんを神官にしたのは、偏にコイツのせいだ。
まあ、元々の原因は湖の街のヤツらが観光客を集めるのに精霊を使ったことが原因だがな。
黒い馬魔獣の姿をしていた東風の精霊は、この世界を飛び回っていた。
清らかで美しいものを好む精霊は、美しい湖水地帯を作った沼の精霊を助けていた。
『我は精霊だ。 気に障ることもあれば気に入る者もいるぞ』
それはモリヒトや水の精霊も同じこと。
「理由などない、と?」
『まあな』とアダムは頷く。
『フフフ。 我はこの世界の美しいモノを愛している。 だが、エルフ族は自分たちの森を守るばかりで我らを慮ってはくれぬ』
そこが気に入らないという。
「それは申し訳ない」
『いや、アタト殿は違うであろう?』
ニヤニヤするアダムに少しイラッとしたが、我慢だ。
僕もエルフ連中とは気が合わないからさ。
精霊と人族の仲介役。
僕がそれになれたら良かったけど、ずっと湖の街にいることは出来ない。
その代わりに東風の精霊が選んだのがイブさんだ。
他所の領地でモリヒトと出会い、1人で追って来た勇気ある女性。
その一途さ、美しいものに憧れる気持ちに精霊が共感したのではないかと思う。
『あの時、湖の街で会話が出来る人族を探していたのは本当だ。 美しい娘たちを見ると、何度も話しかけたいと思っていたからな』
アダムが言うとただのスケベ親父に聞こえるけど、どうせ相手をするなら美しい心根を持つ者がいいというのは僕も分かる。
疑わなくて良いから疲れないし。
それが見た目も美しい女性なら言う事なし。
文句を言われたら「精霊の気紛れ」ということにすればいいだけだ。
とにかく、この後、僕は教会に向かう。
イブさんとゼイフル司書も一緒に。
「アダム、この件はまだしばらく時間がかかると思うが、湖の街の方はいいのか?」
『うむ。 我は構わぬ。 いまは冬だからな』
ああ、寒い季節は観光客も減るのか。
『沼の精霊の土地にちょっかいを出す者も減る季節だ』
湖の街は標高が高いため雪も早く、冬は景観を損なうような者はいないらしい。
「それはいいな」
僕は雪は嫌いじゃない。
雪の湖は凍るのかな。
『いや、湖は凍らないが、周辺の沼は凍るぞ』
おー、スケートとか出来るんかなあ。
そのうち、行ってみたい。
『もういいだろ』
僕がポヤンと想像してる間に、アダムは部屋を出て行った。
『アタト様、着替えをしてください』
お、すまん。
教会用の、質素だが上質の生地の服に着替える。
そういえば、今年も辺境の町の雪祭りは行けないのか。
祭りといって住民皆で騒ぐってだけで、子供たちが雪投げをして遊ぶくらいらしい。
「王都はどれだけ降るんだろうか」
『雪ですか?』
モリヒトに着替えさせられながら「うん」と頷く。
『雪の精霊と北風の精霊の気分次第ですね』
ああ。 あの白と銀の狐魔獣姿の精霊か。
モリヒトの酒を飲み過ぎて、ボコボコにされて逃げて行った姿を思い出す。
お詫びにもらった毛皮でひと騒動あったんだが、あれはまだ1年前か。
「アイツら、どうしてるかな」
『さあ』
モリヒトは他の精霊の話をすると不機嫌になる。
『冬になるということは、アタト様が9歳になられるということですね』
そうか、1月1日が来る。
じいちゃんに会えるかな。




