第四百三十九話・天使のようなエルフ
廊下に出た僕とモリヒトは、先ほどの御神託の部屋を目指す。
あそこが一番出現し易いだろうからな。
部屋に着くとすぐに邪魔が入らないように厳重に鍵を掛ける。
どうせ結界は破られるから、余計なものには魔力を使いたくない。
「モリヒト、探索を始めてくれ」
『畏まりました』
頼もしいな。
この返事をする時のモリヒトは気合いが入っている。
部屋の中央付近の床に座り、僕は読み込んでボロボロになっている詠唱本を取り出す。
「何か役立つ魔法はないかな」
念には念を入れる。
相手はエルフだ。 全力でやらなければ、こっちが危ない。
日頃使わないが、僕はダークエルフ。
闇属性の魔法と相性がいい。
眷属精霊2体持ちのエルフの精霊魔法士。
眷属からも魔力供給されるため桁違いの魔法が使える。
闇魔法自体がかなり魔力を食うらしく、人族は適正があってもほぼ使えない。
『アタト様、下から来ます!』
「神の慈悲をもって願う、この場を闇で埋めろ」
慣れない魔法は詠唱が必要になる。
使えば使うほど詠唱は簡略化され、慣れれば無詠唱でイケる。
僕はまだ闇魔法を使えることは隠しているため、そこまで達していない。
室内が闇に沈み、昼間にも関わらず一切の光が消える。
「暗闇など畏れぬ!」
女性の声、あのエルフだな。
近い!。
「闇よ、あの者を捕えよ」
「キャアー」
暗闇の中なら僕は闇自体を自在に操れる。
僕の暗視の目には、闇に纏わりつかれ身動き出来ない女性エルフが映っていた。
「お前はっ」
「忘れたの?。 僕だ、アタトだよ。 こんなところで何してるの?」
「それはこちらの台詞だ!」
僕はため息を吐く。
「わざわざ御神託なんて手を使って僕を呼び出したのはそっちでしょ?」
言い合いをしている間に足元に異変を感じる。
なんだ、これ。
「ゲッ」
何故か分からないが、地下から沸くように水が侵入していた。
一瞬、気が緩んで拘束が外れる。
「クソッ、邪魔すんな!」
土魔法は得意だ。
散々修行させられたからな。
水が染み出している場所を特定して周りの土を動かせて埋めよう。
その間、モリヒトが女性エルフを結界で捉えようとするがなかなか捕まらない。
白いマントで身軽に飛び回る姿は、白い翼を持つ天使のようだ。
あんまり可愛くはないがな。
地下からの圧力が高まり、床を破って何かが飛び出す。
「うわっ!」
暗闇が解け、明るさが戻る。
「これは?」
一体の翼のある巨大な蛇がそこに居た。
『……水の精霊です』
モリヒトも驚いている。
虹色の鱗を持ち、目は金色。
裂けた口から牙と赤い舌先が見える。
幻獣といわれる虹蛇に擬態した水の精霊らしい、
シャーッ
虹蛇は威嚇の音を立てる。
「待て!」
僕は敵意は無いという意味で両手を上げる。
「あんた、サンテの面倒を見てくれてた魔術師の爺さんとこの。 名前は忘れた!、あのエルフさんだよな」
蛇の頭の上に乗ったエルフがこちらを睨んでいた。
鋭い刃物のような水滴が僕を掠めて壁を穿つ。
「モリヒト、アレって眷属か?」
『いえ。 契約はまだのようです』
王都のエルフは長い間、王宮の地下に囚われ、忘れられていた。
そのせいで眷属精霊も得られず、魔力も少ない。
エルフの子供たちのように光の玉の精霊ならまだしも、これだけの精霊と眷属契約するには魔力が足りないはずだ。
「なあ、何故、ここにいるんだ?。 少しだけ話をしないか」
元宮廷魔術師が引退し王宮を去る時、彼女を連れ出し、ふたりで結界の中で暮らしていた。
その老魔術師が亡くなって結界が閉じてしまい、彼女は行き場を失くしたのだろう。
「うるさーい!」
冷たい水が大量に降ってくる。
「モリヒト、水をこの部屋から出すなよ」
被害は最小限にしたい。
『はい』
水がどんどん溜まり膝まで達する。
「あんたを傷付ける気はない。 落ち着け」
水音で声が届いているかどうかは分からない。
「わたしを捕まえる気だろ!。 そしてまた暗闇に閉じ込める気だ!」
あー、闇はこのエルフとは相性が悪かったのか。
「すまん、間違えた!。 闇を使ったのは謝る」
だから。
「老魔術師のご遺体に祈りを捧げさせてくれ。 サンテも一緒に、頼む!」
「双子を連れ出し、彼の大切な本を持ち去ったくせに!」
あれはちゃんと老魔術師も納得した上でのことだったのに忘れたのか。
「分かった。 双子も本もお前に返そう!」
水は喉元まで来ていた。
「もう遅い!」
頭の上まで水に浸かり、僕は踠く。
モリヒトには手を出すなと言ってある。
『何故、主人を助けないのだ。 大地の』
『水の。 我が主人に余計なことをすると叱られる。 死ぬなら死ぬのも主人の意思だ』
空中に浮くモリヒトは冷たい目で虹蛇を見ている。
『だが、我が主人の命を奪ったなら、お前を決して許しはしない』
水が一瞬で消えた。
「うおっ!」
僕はバシャンと濡れた床に落下する。
「イテェ……」
「どうして止めたの!」
王都のエルフの声がする。
『このエルフの少年が死んだら、あなたも後悔するだろう。 ワシもこれ以上、友の怒りを買うのはごめんだ』
ぼんやりと聞こえた会話。
どうやら、水の精霊とモリヒトは友と呼べる間柄らしい。
『そなたも悪いのだぞ。 いきなり捕まえようとしたであろう』
「ああ。 ゴホッ、あれは取り憑かれたくなかったからですよ」
動きをまず抑えてから話し合いに持っていきたかった。
幻獣虹蛇は竜種、かなり高位の魔物だ。
教会の地下にいることを思えば、国の礎の一つと考えられる。
人を操ることなど容易いだろう。
それはエルフも例外ではないかも知れない。
「僕は臆病者だから、念には念を入れるんです」
モリヒトが僕の体に回復の魔法をかける。
『それで闇魔法か』
「あれは、僕が一番使い易い魔法なので。 でも、使うべきではありませんでした、すみません」
僕は、モリヒトが乾燥してくれた床に頭を擦り付けて謝る。
『……エルフ殿、許してやろう』
はあ、どっちに言ってるのか分からないけど、水の精霊は怒っていないみたいだ。
だから、モリヒトも許してやれ。
ピリピリする眷属精霊の服を引っ張りながら僕は立ち上がる。




