第四百三十五話・教会の呼び出しが来た
「よくやった」
僕はアダムを褒める。
ここまで分かれば、後は乗り込んでからでいい。
「アタトくん、これはどうするつもりなのかね」
ゼイフル司書の声は硬い。
「別にどうするつもりもありません。 ただ」
僕はニッコリ微笑む。
「僕や知り合いに無礼なことをしたら、アダムの助言通りにするかも知れませんが」
精霊のお墨付きの悪人だ。
好きにさせてもらう。
「アタト、顔が怖い」
サンテに怒られた。
ごめんよ。
僕は司書さんから紙を返してもらう。
イブさんにも見たいかと訊ねると、
「いえ。 私は本部の神官様はほとんど存じ上げませんので」
と、辞退された。
確かに名前だけ見ても誰が誰だか分からないし、自分に直接被害がなければ知ることもない。
「後は、いつ呼び出しが来るか、ですね」
「アタト。 その顔、やめて」
またサンテに怒られる。
勝手にニヤついてたみたいだ、すまん。
呼び出しは翌日、辺境伯邸に届いた。
「明日の朝、出頭しろ?。 なんだよ、僕は罪人扱いか」
最高にイラつく文面だった。
フッフッフ。
「アタト」
「分かってるよ、サンテ」
ニコッと笑顔を作り直す。
呼び出し対象は僕だけだ。
実際はおそらく僕とヤマ神官だろう。
モリヒトは当然として、ティモシーさんも付き添いで来てくれる。
辺境地に住んでいるので、一応、辺境の町の教会が僕の担当になるからだ。
「私も連れて行ってください、師匠」
イブさんが同行を申し出る。
「元凶は私です。 私が神官なんかにならなければ」
いやいや。 それなら湖の街が精霊を客寄せに使ったのがそもそもの原因なのだ。
イブさんはたまたま、そこに居たから巻き込まれただけである。
「イブさん。 過ぎたことを言っても仕方ありませんよ。 それに、アダムが悲しみますから、それ以上はやめましょう」
イブさんはハッとしてアダムを見る。
「ごめんなさい。 アダム」
『大丈夫だ。 我はいつでもイブと……アタトの味方である』
ハイハイ、僕はついでですね。 分かってるよ。
うーん、どうするかな。
迷っているとコホンと空咳が聞こえた。
「実は私、当日、本部に用事がありまして。 よろしければイブリィーさんもご一緒に蔵書室の見学にでも行きませんか?」
ゼイフル司書の提案にイブさんは「喜んで!」と返事をする。
正直、ありがたい提案なので、僕はゼイフル司書に感謝の礼を取った。
「えーっと僕はー、センセーんとこ行って来る」
サンテは、ようやく出かける気になったようだ。
王都に来てから今まで、何故かあまり外に出たがらなかった。
僕が出掛けられなかったから気を遣ってたのかな。
「そうか。 気を付けて。 キラン、護衛を付けてやってくれ」
サンテのセンセーの居る場所は王都でもかなり治安が良くない。
一応スルスルは付けてあるが、何があるか分からないからな。
バムくんだと王都の地理は分からないだろうから、詳しい人を頼んでおく。
「承知いたしました」
キランは庭にある兵舎に向かって行った。
翌日、朝食後に邸を出る。
僕もティモシーさんも装飾の少ない質素な正装といった服装だ。
「ねえ、コレいる?」
玄関に白馬の馬車が待っていた。
「アタト様は今回、舐められたくないのではないですか?」
そうねー、そうだけどねー。
「目立ち過ぎじゃない?」
「いえ、とってもお似合いですわ!」
イブさんにそう言われちゃ、仕方ない。
「アタトは自分がどれだけ美少年か分かってないんだよな」
は?、なんだそれ。 意味あるのか?。
「そんなわけないよ。 僕はエルフの中じゃ最底辺なんだから」
人族にも僕より美しい者なんて山ほどいるじゃない。
お世辞はいらんよ。
「出してくれ」
御者席のキランが白馬に合図を送り、馬車が動き出した。
サンテは教会までは一緒に乗って行く。
教会の前で「じゃあね」と手を振って別れた。
護衛はバムくんと領兵の中でも手練れの兵士が同行してくれる。
「よろしくお願いします」
「承知いたしました」
2人はサンテを追って人混みに消えて行った。
今日の僕は最初からエルフの姿である。
白馬の馬車から降りると視線が痛い。
だからやだったのに。
教会内に入るとヤマ神官が待っていた。
「おはようございます。 今日は弟子はいないんですか?」
「おはようございます、アタト様。 あれから姿を見ませんよ」
僕はククッと笑いを堪える。
どうやら弟子は辞めたらしい。
良かったですねーとは喜べないか。
一旦、ヤマ神官の部屋に通される。
「アタト様なら大丈夫でしょうが」
そう言いながら打ち合わせをする。
前回来た時に解任になった司祭の代わりに、新しい司祭が任命されていた。
名目上、司祭は神官より立場は上だが、日常的には教会には不在。
何かあれば出てくる高位貴族である。
「本来は、司祭とは神官と貴族間の橋渡しが役目だったようなのですがねぇ」
この世界では実在する神が神託を行う場合、神官長と司祭が呼ばれ、立ち会うことになっている。
司祭は王宮に、神官長は教会内に、伝える役目があった。
今の司祭は、どうやら腐った神官たちに担ぎ上げられた人らしい。
今回の呼び出しも司祭の名で行われているが、本人は何のことか分かっていないのだろうと言う。
へえ。
「こちらからも報告があります」
僕は声を潜める。
「何かな?」
「僕の眷属精霊が、教会の奥に人間ではないモノがいると」
ヤマ神官は顔を顰めた。
「それはいったい何だ」
それは僕にも分からない。
「後で調べさせてください」
「分かった。 なんとかしよう」
「お願いします」
僕はヤマ神官から約束を取り付けた。
扉が叩かれる。
「よし、行こうか」
「はい」
ヤマ神官と共に廊下に出る。
扉の傍に若い神官見習いが2人立っていた。
1人は男性で、もう1人は女性だった。
2人は何故か僕に深く頭を下げる。
「私の従者をしている見習いだ」
ヤマ神官から紹介を受ける。
「本日はよろしくお願いします」
僕も正式な礼を取る。
あんなに深く頭を下げられちゃね。
「うっ」
女性がいきなり嗚咽を漏らす。
「失礼しました、アタト様。 お会い出来て光栄です」
はて、なんのことやら。




