第四百二十一話・自分のことは分かりづらい
後を頼んで椅子から立ち上がった、その時。
「あ」
僕はフラリと体が傾いたのが分かった。
床に体がぶつかる前にモリヒトに抱き抱えられる。
『皆様、失礼いたします』
薄っすらとモリヒトの声が聞こえた気がしたが、睡魔に遮られた。
目が覚めたら、部屋の自分のベッド。
体を起こそうとするが怠くて動かせない。
『お目覚めですか?』
視界全部にモリヒトの顔が映る。
近い近い。
「あー、うん。 どれくらい寝てた?」
『半日くらいです。 もうすぐ夕食ですから』
「そか」
体を半分起こされ、口元にカップが当たる。
『飲んでください』
ゴクン、濃いめの薬草茶だった。
『目が覚めたらお見舞いしたいと皆様がお待ちですよ』
えー、邪魔臭い。
「眠たかっただけなのに」
『ええ。 ただの寝不足だとお伝えしたのですが』
特に女性神官のイブさんが憔悴しきっているそうだ。
彼女なら自分のせいで僕が倒れたと思い込みそうだな。
「他の人には黙ってイブさんだけ連れて来てもらえる?」
モリヒトは頷き、視界から消えた。
しばらくウトウトしていたら、部屋に誰かが入って来る気配がする。
さっきよりは体が動く。
半身を起こし、枕を立てて背中を預ける。
「アタト様!」
泣き顔の女性が駆け寄って来た。
「ごめんなさい!、私のせいで」
「違いますよ。 少し前から忙しい日が続いていたんです」
知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのだろう。
それが夜中に行動したせいで、いきなり睡魔に襲われた時に抵抗出来なかった。
まだ子供の体には無理だったな。
彼女の後ろにフヨフヨと光の玉が浮かんでいる。
「東風の精霊様にもご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
なんとかペコリと頭を下げる。
僕と東風の精霊には主従関係がないため、黒馬魔獣等の体に変化しなければ言葉を交わすことは出来ない。
何か言いたげなのは分かるんだけどな。
『その話は無理だと言っただろう』
モリヒトがフラフラ揺れる玉と、何やら言い争いを始めた。
『お前は黙って自分の街に帰れ』
光の玉が激しくモリヒトにぶつかる。
お互いに不機嫌そうなのは分かるが、煩いぞ。
「止めてください、病人の前で!」
とうとうイブさんが切れた。
「モリヒト、東風の精霊様はなんて言ってるの?」
ブスッとした顔でモリヒトが答える。
『私のような姿になってアタト様やイブさんとお話しがしたいと。 しかし、精霊だけの力では無理です』
精霊は自分の属性に関する魔獣や魔魚にはなれるが、人間やエルフ等には擬態出来ない。
『眷属契約がないと魔力が足りませんので』
僕とモリヒトのように繋がっていると、魔力も繋がっているため、単体よりも増える。
擬態のような高位魔法が使用可能になるのだ。
『申し訳ありませんが、イブさんのような人族では精霊を眷属にするには魔力が足りません』
精霊を眷属にするには、ある程度、主人として優位に立たなければならない。
エルフ族の場合は、容姿の美しさや魔力の質が近いため、精霊が寄ってくるのだと言われている。
並の人族では気まぐれな精霊を御するのは難しい。
「いえ、そんな!。 私が精霊を眷属にするなど、そんな力はありませんっ」
イブさんは、ブルブルと震えながら訴える。
まあ、これ以上、彼女に責任を負わせるのは精神的に無理だろう。
僕は、まだモリヒトへの攻撃を止めない光の玉を見る。
仕方がないなあ。
「東風の精霊様。 一つだけ方法がないわけではないと思います」
実際に出来るかどうかはやってみなきゃ分からないが。
光の玉が嬉しそうに僕に近寄って来る。
「どうしてもモリヒトのように人型になりたいのであれば」
僕はモリヒトを見る。
「僕と眷属契約をすればいい」
一瞬、時が止まったように、誰もピクリとも動かない。
モリヒトが諦めたように息を吐く。
『……ええ、そうですね。 出来なくはないです』
やっぱりな。
僕はモリヒトが僕以外の者とも主従関係にあることを知っている。
モリヒトのもうひとりの主人は『精霊王』だ。
精霊に2人の主人がいるなら、主人側にも2体以上の眷属がいても不思議じゃないと思った。
おそらく、『精霊王』にはモリヒトのような部下が何体もいるはずだからな。
それがエルフである僕に真似出来るのかは分からないが。
また東風の精霊がモリヒトに体当たりしている。
『分かりました。 東風の精霊も了承するそうです。 アタト様、本当によろしいのですね?』
「話が出来ればいいんだろ?。 用がなくなったらすぐに解消すればいいさ」
『そんなに簡単な話ではありませんが。 まあ、当事者同士がそれで良いなら構いません』
そんなわけで。
光の玉状態の東風の精霊が僕の周りをグルグル周り、しばらくして、僕の体から何かが抜ける感覚がした。
『契約が完了したようです。 ご命令を』
そんなこと言われたってー。
「好きな容姿に擬態しろ」
光の玉は一瞬にしてエルフの青年になった。
モリヒトより筋肉質で、目は緑で、髪は何故か真っ黒。
中性的で金髪緑目の多いエルフにしては男性的というか、野性的な容姿である。
『我が主人よ、感謝する』
服装はモリヒトと全く同じで、声はモリヒトよりも低い。
イブさんが目をパチクリして驚いていた。
筋肉エルフはさっそくイブさんの前に跪く。
『イブリィー、あなたを守ってやれなくてすまない』
「は?。 いえいえ、そんな」
アワアワする女性神官に寄り添う眷属精霊。
あれは本当に僕の眷属なのかな。
「それで、何か僕に話があるのでは?」
わざわざ契約してまで話せるようにしたんだけど?。
『アタト様には感謝している。 ついでに名前を与えてもらえないだろうか』
まあいいけど。
「アダムでいいか?」
女性神官のイブと一緒にいることになりそうだし、名前はこれしかないだろう。
僕に名付けのセンスがないのは今さらだし。
『ありがとう、主人よ!。 良い名だ』
夕食を知らせに来たキランが、アダムを見て驚いた。
「エルフではなく、精霊様ですか」
精霊なら食事は不要だから、ホッとしたようだ。
さて、皆に元気な顔を見せに行きますか。




