第四百二十話・神官の女性を預かる
「我が商会への依頼はゆっくり考えてからで結構です。 彼女はしばらくお預かりしますので」
そう言って僕たちは立ち上がる。
「は、はあ」
力無く頷く教会幹部たち。
僕はきちんと礼を取り、教会を出た。
「ついでに領主館にも顔を出しますか」
見送りに出て来た警備隊員がそれを聞き、誰かを走らせた。
ここの領主と教会の仲が良いのは知ってるけど、悪巧みも共同なのは困るよ、ほんとに。
この街の教会は郊外にあり、領主館は中心部にある。
いくら観光地といっても、さすがに深夜は人が少ない。
歩いて移動していると急にモリヒトが立ち止まった。
『アタト様。 あれは先ほど話題に出た、新しい施設ではないでしょうか』
郊外の空き地に建築中の建物が見える。
ああ。 僕とモリヒトは暗闇だろうと視えるからね。
「あれ、あそこって」
モリヒトが地盤を整えてくれた場所だな。
少し前、緊急で宿を移動させる必要があったために整地した場所だった。
その場所に、他の領地から建物ごと宿を移動して来て営業。
今は落ち着いたので、その宿はすでに元の土地に返した。
つまり、空き地になっていたのである。
そこに新しい建物を建築中らしい。
「別に使ってもらって構わないけど、土地は国のものだからな」
この国では土地は基本的に全て国王の所有物とされている。
土地を貸し与えられた領主や代官は、国に対し、土地の借り料として税金を納めるのだ。
領主は領民の利益から税を納めてもらうため、産業を奨励し、農地を豊かにする策を講じる。
この湖の街は国でも有名な観光地で、年中、観光客が訪れて金を落とす。
裕福な領地なのだ。
うーむ、なんだろう。 このモヤッとした気持ちは。
領主館に到着。
連絡が届いたらしく、家令他、数名の護衛騎士が待ち受けていた。
「夜分失礼いたします。 教会に急ぎの用事があり、久しぶりにこちらにお邪魔しておりました。 領主様にもご挨拶をと、立ち寄ったのですが」
家令に対し挨拶をする。
「これはエルフ様。 わざわざお越し頂きありがとうございます。 しかしながら、すでに主人は休んでおりますので」
絶対に嘘だと分かっていても、ここは引かなければならない。
相手は領主で、こっちは平民だから。
「当然です。 こちらこそ、非常識な時間に訪れたこと、お許しください」
謝罪の礼を取る。
別に会えなくても構わない。
ただ、教会に来たのに領主に挨拶なしだと、後で文句を言われそうだと思っただけだ。
これだけの人数に認識されていれば、なかったことにはされないだろう。
「それでは、よろしくお伝えください」
僕はそう言ってから、モリヒトに空間移動用の結界を展開させた。
家令たちはモリヒトの魔法に驚く。
そして、僕たちが一瞬で消えれば、空間移動であることは明白。
何かあれば一瞬で飛んで来ることを理解するだろう。
辺境の町に戻って来た。
「遅くまで、ありがとうございました」
教会の前で司書さんに感謝の礼を取る。
「いえいえ。 楽しかったですよ」
初めて空間移動を体験し、懐かしい教え子にも会えたと笑う。
司書さんが嫌な思いをしなかったのなら、まあいいか。
「では、おやすみなさい」
教会の建物に入って行く姿を、僕は子供らしく手を振って見送った。
「ふう。 僕たちも帰って休もう」
『はい、お疲れ様でした』
森の中の本部に戻り、自室に入る。
軽く湯浴みをしてベッドに潜り込んだ。
睡魔と戦いながら、何か忘れている気がして頭がグルグルする。
こういう時は訊くに限る。
「なあ、モリヒト。 僕は何か忘れてる?」
『はい。 ヤマ神官からの緊急文書が』
眠気が飛び、ガバッと起き上がる。
「悪い。 すぐ、見せてくれ」
『こちらです』
不吉な予感がしたが開くしかない。
内容は「王都に来い」である。
教会本部からの正式な招聘だ。
断れたり、しないかな。
「今日のところは見なかったことに」
知らなければ大丈夫、だよな。
「おやすみ」
毛布を被った。
『おやすみなさいませ』
……眠れるわけがなかった。
森の中でも空が白み始める。
僕は自分自身に回復魔法をかけた。
何かあった場合に備え、モリヒトから最低限必要な魔法は叩き込まれている。
魔力があるからこそ使える方法だけどな。
『おはようございます、アタト様』
「おはよう。 彼女を連れて皆と朝食の挨拶をする」
頭が回らない。
口から出る言葉がこんなもんでは、正常じゃないと自分でも分かる。
弟子の身支度が終わるのを待って、1階にある使用人用の食堂に向かう。
すでに食事の準備は始まっていた。
「キラン、全員を集めてくれ」
いつの間にか広くなっていた食堂のテーブルに座ると、モリヒトが薬草茶を僕の前に置く。
こういう時は濃いコーヒーが飲みたいと思うんだが、今から頼むのも億劫で、黙って飲んだ。
「朝早くから集まってもらってすまない」
全員が座れるテーブルって、かなりデカいな。
少し声を張る。
「彼女をしばらくの間、預かることになった」
自己紹介を任せる。
「イブリィーと申します。 イブとお呼びくださいね」
神官服の女性である。
分かる者には分かるだろう。
「一応、僕の書道の一番弟子だ」
トスやサンテには姉弟子になるのかな。
ダメだ、頭が回らない。
「とにかく、彼女は静養するために来ているので、来客の取り次ぎや仕事の依頼はナシ。 のんびり、自由に過ごしてもらう」
彼女がここに居ることを決して口外しないように頼む。
「では解散。 イブはここで皆と食事をとってもいいし、部屋に運んでもらっでもいい」
担当はコイツだとキランを紹介する。
「イブ様、なんなりとお申し付けください」
ニッコリ笑う執事服のキランにイブが若干引いている。
「は、はい。 いえ、あのー、普通に接して頂ければ」
妄信的な従者や教会職員に囲まれていたそうで、丁寧に対応されるほうが逆に怖いそうだ。
そういう事情もあったのか。
「気にしなくていいよ。 キランはこの家の雑用係だと思って何でも相談すればいい」
キランにも、客ではなく、皆と同じ扱いで構わないと話す。
「分かりました」
キランは苦笑する。




