第四百十九話・湖の教会との話し合い
彼女を部屋に案内させ、しばらくはのんびり過ごしてもらうことにした。
「さて、行くか」
なるべく質素で上品な服に着替える。
「モリヒト、頼む」
『承知いたしました』
キランには朝までに戻る予定だと告げてある。
まずは、僕の空間移動で辺境の町の教会に飛び、ここで人を待つ。
「夜分遅くに申し訳ありません」
教会からの出て来たのは、高齢だがシャキッとした神職服の男性。
「いやいや、アタトくんにはいつも世話になっているからね」
今回、司書さんに同行をお願いした。
「国で最初の女性神官の話ですからね。 私も興味があります」
次に、モリヒトの空間移動で湖の街へと運んでもらう。
初めて体験した司書さんは少しビビッていた。
到着したのは湖の街の教会だ。
司書さんを連れた僕とモリヒトが、突然現れる。
真夜中だが煌々と明かりが点る教会の中を人々が走り回っていた、その真ん中に。
「ヒッ」「ウワーッ」「な、なんだ」
軽く騒動になりかけた時、奥から見知った顔が出て来た。
「これはー、エルフ様ではないですか!」
この街の神官長である。
神職や教会警備隊が揃って僕に礼を取った。
「こんばんは。 お忙しいところ、お邪魔します」
「い、いえ、どうぞ、こちらへ」
神官長を先頭に、警備隊騎士に囲まれて歩く。
まるで囚人だな。
神官長室に案内されて座る。
やはり儲かってる街の教会は違うねえ。
豪華な装飾、お茶も質素倹約が信条の教会にしては高そうだ。
「どどど、どうされましたか?」
それはこっちが言う言葉だろ。
まあ、それくらい省いてやるか。
「実は、黒馬魔獣の精霊様が先ほど女性を連れて僕のところに来たんです」
さくっと本題に入る。
驚愕の表情で固まる教会の面々。
「なんでも女性がこちらの教会で無理難題を押し付けられそうになっているので、しばらく預かってほしいと」
わざわざ遠回りな言葉を使うなんて御免だ。
「そ、そんなっ」
僕は「ふむ」と、考える素振りをする。
「では、東風の精霊様が仰ったのは嘘だと?」
神官長はギョッとした顔で打ち消す。
「いえいえいえ、とんでもないっ。 無理難題というのが、その」
「国で初の女性神官。 しかもまだ任官して一年も経たない若い女性に、指導者や責任者を押し付けたと聞きましたけど?」
そんな重圧に耐えきれなくなって逃げ出しても仕方ないと思うんだが。
「それはー」
神官長が味方を求めて視線を周りに向けるが、誰も目を合わせようとしない。
「まあまあ、アタトくん」
そこで司書さんが助け舟を出す。
「どうやらこちらの教会では人材不足で、仕事が出来るのは彼女しかいなかったようだね。 ここはひとつ、王都の本部に報告して、新たな人材を派遣して頂くというのはどうだろうか」
助けてなかったー。
引き攣る神官長の顔を見て満足気に微笑む司書さんは鬼畜だった。
そういえば、あの女性神官は元々教会の司書の仕事をしていた。
司書同士、顔見知りだったのかもな。
この司書さんは名を「ゼイフル」さんというらしい。
司書さん宛に手紙を渡そうとしたら名前を知らなくて、バムくんが教えてくれた。
ご領主の奥様が若い頃、王都の貴族子女が通う学校で教師をしていたのが彼だ。
亡くなった奥様に頼まれて、王都からケイトリン嬢の教師として辺境の町にやって来た。
神官でもあったそうだが、王都で失脚し資格剥奪、都落ちしたという噂もある人物だ。
そんな者が何故、教会の蔵書室にいたのか。
僕としては助かっているから別にいいけど。
中年の神官が一人、お茶を運んで来た。
「ゼイフル様、お元気でいらっしゃったんですね」
司書さんを見て嬉しそうに話し掛ける。
「久しぶりですね。 君もお元気でしたか?」
「はいっ、先生」
どうやら教え子の一人のようだ。
「君の知り合いかね」
神官長は知らなかったようだ。
「ゼイフル先生は王都の貴族学校で最年少で副校長になられた方ですよ」
胸を張る中年神官に部屋の中がざわつく。
「いやいや、昔の話だ。 それに今はしがない辺境地の教会司書ですから」
苦笑を浮かべる司書さん。
「お蔭で僕は教えを受けられて助かっていますけどね」
僕が情報を加えると、神官長たちは顔を見合わせた。
これで司書さんが僕にとっても恩師であることは分かってもらえたかな。
では結論に入ろうか。
「夜中ですし、早く帰りたいのですが?」
僕はわざとらしく大きく息を吐く。
「そうですね。 では、こういうことにいたしませんか?」
司書さんがニコリと笑って提案する。
「例の神官、名はなんでしたかね。 ああ、忘れてしまいましたが」
名前を明確にしないことで特定の者に負担が掛からないよう配慮する。
「今まで頑張ってきたご褒美として休暇を与えたことにいたしましょう」
許可を与えた途端に黒馬魔獣の精霊が彼女を運んで行ってしまった。
行き先は師匠である「エルフのアタトと眷属精霊」がいる辺境地。
「如何でしょう?」
行方不明になった理由以外は事実である。
文句は言えまい。
「わ、分かりました」
「ご承諾頂き、嬉しく思います」
教会内部に関してはこれで体裁が整ったようだ。
そこに僕が追い討ちをかける。
「新しく修行のための施設を作られるとか」
国で初の女性神官を観光の売り物にして、さらに若い神官希望の女性たちを集めるつもりらしい。
「彼女に神官の修行の提案をしたのは僕ですから、当然、僕に指導の依頼がきますよね」
頼まれてもやらないが。
「あ、はい、えーっと」
「では、施設の経営はアタト商会がお受けしましょう」
「それはどういうことでしょうか。 教会の施設なのですが?」
おやあ?。
「僕は弟子である女性の指導はしましたが、彼女は他の者に指導は出来ませんよ?」
辺境の町でも、王都でも、僕の指導を受けている者はいる。
指導といっても道具を揃え、上質の紙に書いたものを送ってもらい、それが及第点に到達しているかどうかを見るだけ。
だが、それを確認出来るのは僕しかいないということだ。
「あなた方は、その修行の合否を判断出来るんですか?」
僕は首を傾げた。




