第四百十六話・漁師の生業のこれから
手の空いている時間帯で、漁師の奥さんたちが薬用の飴を作ってくれることになった。
魚醤飴は以前から作り方は教えていたが、材料の砂糖が高価なため内輪で楽しむだけで商品化はしていない。
薬用なら甘味が少なくても良いので作ってみるそうだ。
一度、うちの商会から材料を提供。
試供品を作ってもらい、薬師に持ち込んで調べてもらう。
そこで薬として使えるとなれば商品化することになる。
そうなれば、正式に仕入れと販売の契約を結ぶということになった。
後で商人組合にも話しておくか。
「ではまた」と、帰るために立ち上がる。
「おう、またいつでも来な」
お爺さんに挨拶をして外に出ると。
「あれ?、アタトだー」
ちょうどトスが帰って来た。
「お疲れ様。 成果はどう?」
「おう!、大漁だぜ」
広場には魚を干し物にする作業が始まっていた。
漁師の皆の顔が明るい。
「これもアタトとモリヒトさんのお蔭だぁ」
僕はトスと一緒に浜辺を歩く。
大量に発生した魔魚も落ち着き、今は漁がやり易くなっている。
港には釣り場や生簀が整備されつつあった。
「祖父ちゃんは魔素溜まりが散って、魔力が減ったからやろって」
さすが、分かってる漁師さん。
先日、大量の魔魚をモリヒトと2人で対処した。
その時に心配したのは、倒した魔魚から出た魔素が浜辺に溜まること。
魔素溜まりはさらに強い魔魚を発生させる。
そのため、モリヒトは魔魚の処理を国境の外の荒れ地で行った。
お蔭で荒れ地には魔力が満ち、きっと良い土地になるはずだ。
元々、この領地では魔魚が邪魔で普通の魚が少なく、漁を生業とする者が少なかった。
僕とモリヒトで魔力を餌とした釣りを教えたところ流行り始め、今では漁師でなくても釣りに来る人がいるくらいだ。
お爺さんのような網元がその魚を買い上げ、魚醤や干し魚に加工する商売が確立している。
以前は、海上にいる魔魚を遠距離攻撃出来る兵士がいなかった。
しかし一時期、森に魔獣が増えて狩りが盛んになると、他所の土地から腕試しにやって来る者が多くなった。
彼らの一部は魔獣が減ってもこの町に残り、最近は狩猟や漁の護衛の仕事を始めている。
「アタトとモリヒトさんに言われた通り、遠距離攻撃出来る人を雇って安全にやってるよ」
今まで収入が無かった漁港に、人と活気が溢れていた。
2人で浜辺に置かれた防波石に並んで座る。
モリヒトは少し離れて立っていたが、前に釣りを教えた漁師たちに話し掛けられ、雑談に応じていた。
「なあ、アタト」
「うん?」
「あのさ」
珍しくトスが少し口ごもる。
「サンテってすごいよな」
どした、嫉妬か?。
「まあな。 でもサンテもトスも変わらんだろ」
何がすごいのかは分からんが。
「そんなことねぇよ。 オラなんかよりサンテはすげぇもん」
僕はクスクスと笑う。
「すごいすごいって、僕からすればサンテもトスも同じ様にすごいけどな」
この世界の人々は皆、逞しい。
特に辺境地は常に魔獣の危険と隣り合わせのため、子供たちでさえ体を鍛えたり避難に備えたりしている。
元の世界から見たら、すごいなあと思う。
トスは納得出来ないという顔をした。
そもそも、なんで比べる必要があるの?。
「じゃあ、僕は?」
「えっ。 そんなの絶対、アタトの方がつえぇじゃん」
うん、そうだね。
「僕はエルフだから体質的に魔力量が多いし、それですごいと言われても生まれ付きだからとしか言えないよ」
生まれ付き持っているものはそれぞれ違うのだから、比べるなんて意味がない。
人間とエルフなんて、以ての外だ。
『異世界の記憶』を持っていたとしても、それは同じ。
「オラとサンテは同じようにやってるのにサンテの方がすごいから」
トスは自分のほうが早く書道を始めたのに、サンテの上達の早さに驚いていてしまったのだ。
それに比べて自分はー、となって凹んでいる。
「トス。 君とサンテは違うよ」
同じ人族であっても、生まれも体質も、心構えも環境も違う。
「同じ修行をしても結果が違うのは当たり前じゃないか」
そんなものに優劣はない。
「ただ価値観が違うだけさ」
トスもサンテも、異常な魔力漏れがあって僕がそれをなんとか解決した。
いや、解決なんてしていない。
僕は応急処置をしただけで、その魔力をどう使うか、結局のところ決めるのは本人なんだ。
「サンテは将来、自分の魔力で誰かを救いたいと神官を目指しているらしいけど。 トスはどうしたい?」
「オラは」
トスは光魔法の才能があるので、教会は喜んで受け入れてくれる。
「トスなら今すぐにでも神職見習いになれるよ」
子供たちの7歳の儀式で光魔法の才能持ちと判別すると、もれなく教会に取り込まれ、神官になるべく修行に入る。
トスはまあ、魔力異常だったせいもあり、運良く辺境地の教会が見逃してくれた。
今は落ち着くまで待ってくれている状態らしい。
しかし、サンテは無属性魔法という特殊な才能のため、今のままでは教会に所属出来ない。
だから人一倍努力する。
「あ!、サンテはなりたいものがハッキリしてるから伸びてるのかも」
努力の方向が決まっているから。
トスは自分で出した答えに何度も頷いた。
「だけんど、オラには神官なんて無理だぁ」
厳しい修行を納めた神官は、どこへ行っても平民から尊敬され一目置かれる。
それは、神官は尊敬に値する人間にならなければならないということだ。
「じゃあ、どうしたいの?」
俯いたトスが顔を上げる。
「オラは強くなりたい」
「強くなって何がしたいの?」
「町の皆を守りたいんや!。 でもオラの属性魔法は光だから、回復とか浄化だろ?。 魔法覚えても強くないじゃん」
「あれ、トスってガビーに弟子入りしたんじゃなかった?」
「う、うん、鍛治は楽しい。 でも、祖父ちゃんたちは漁師にしたいみてぇだし」
まあ、そうだろうな。
人生なんて、いつ方向が変わるか分からない。
「急いで決めなくてもいいんじゃないかな」
トスはトスだ。
何でも出来る器用貧乏で、フラフラしてたって構わない。
「それはヤダ」
トスは顔を顰めた。




