第四百十三話・教会の子供と領主
領主館に到着。
キランとは昼食まで自由時間として別れる。
「こんにちは、皆様お揃いで。 よくいらっしゃいました」
領主家の高齢の家令が出迎えてくれた。
「こんにちは」「お、お会い出来て光栄です」
2人ともちゃんと挨拶の礼が出来るのは偉いぞ。
ただ、ハナ、それはご領主に会った時な。
控え室ではなく直接、来客用の部屋へ案内された。
「アタトくん、お帰りなさい」
昨日、伺うことは知らせておいたせいか、部屋にはすでにご領主とケイトリン嬢が待機していた。
ヨシローはまだ辺境伯家から戻っていないようだ。
「ご挨拶が遅れまして。 無事に戻れましたこと、ご報告に参りました」
「堅苦しいのはやめよう。 普段の言葉遣いで結構だよ」
ワハハ、と笑うご領主。
でも今日は双子が一緒だからな。
「有り難いお言葉、感謝いたします」
感謝の礼を取り、姿勢に気を付けて椅子に座る。
双子がチラチラとこちらを見ているけど、大丈夫だよな?、僕。
雑談混じりにエンディ領の話をする。
どうせヨシローからも報告が上がるから、僕は掻い摘んでおく。
途中でご領主がケイトリン嬢に目配せして、
「サンテリーくん、ハーナちゃん。 隣の部屋でお菓子を頂きましょう」
と、双子を連れて行く。
気を使わせてすまん。
「それで、例の件は終わったのかな?」
この人は慎重というか、懐疑的というか。
特に高位貴族や王族関係の話には裏があることを承知している。
「あー、はい。 少なくとも辺境地とエンディ様の領地にはいないと思います」
その先は分からないがな。
大国の一行は『異世界人』であるヨシローに接触することを目的としていた。
おそらく王都でも面会を申し込んだが断られたのだろう。
だから、あのような強行突破に出た。
しかし、王女が拐われるという事態になり、失態が明るみに出ないうちに引き上げた、という話である。
辺境の町でも親善大使たちは本国に帰ったという噂は流れたが、詳しいことは分からない。
ご領主が疑心暗鬼になっていても不思議ではなかった。
「エンディ様の館で出発を確認いたしましたので」
「そうですか、良かった」
せっかく娘との縁談がまとまり、貴族管理部からも承認を得たのに、横から拐われては堪らない。
ご領主はホッとした顔になる。
後は、僕のいない間、町には特に異変はなく平和だったという話を聞く。
「それは領主様のお蔭ですね、良かったです」
この世界の移動は馬車か徒歩。
ちょっと隣りの領へ、と言っても片道2,3日は掛かる。
早馬でも短縮出来るのは2日くらいだ。
移動手段で魔法を使うのは王族くらいの金持ちか、モリヒトのような魔力があり余っている者だけ。
それも空間移動の魔道具があるか、魔法を習得した者に限られる。
つまり、それくらいの間は不在になることを前提に動かなければならない。
気軽に戻れない上に通信手段も手紙だしな。
「そういえば、今日はサンテリーくんたちと一緒なんだね」
「はい。 ハナの体調も良いみたいなので、司書さまに会いに」
魔力について相談に来たとは言えない。
余計な心配をさせてしまいそうだからな。
双子は、王都では貧民の多い区域にいたため、教会とは縁がなかった。
ここでは教会の勉強会にも顔を出したりしている。
「そうか。 子供が元気な町はいいね。 私の理想だよ」
相好を崩すご領主は善人だと思う。
先日、賊の拠点から救い出した子供たちの保護者探しも進んでいるそうだ。
「教会を通じて行方不明の届けのある子供と照らし合わせをしているが、何せ範囲が広くてね」
かなり広範囲から集めたようで、確認や連絡に時間が掛かっている。
「引き取れない貧困の村や、すでに両親のいない子もいる。 その子たちはこちらで引き取り手を探すことにしたよ」
僕はウンウンと頷く。
「ありがとうございます。 領主様が気にかけてくださることが何より希望になります」
すでに成人に近い子供で働く意欲がある者は、うちの食堂で働いてもらっている。
「それでな、アタトくん」
ご領主の話はここからが本題らしい。
「実は、あの双子に会いたいという貴族がいるんだ」
僕は心の中で「やっぱりな」とため息を吐く。
王都で出会った時から感じていた。
あれは平民の子供ではない、と。
「本人たちは親は死んだと言ってますからねえ」
会いたい人も帰りたい場所もないと断言している。
「参考までに、どんな方か伺っても?」
「それが」
ご領主は言いにくそうに言葉を濁す。
「先日、大国から来たばかりの新しい駐在大使なんだよ」
は?。
先の親善大使の一行は、こちらの国にいる駐在員の交代も兼ねていたらしい。
「迷子や身寄りのない子供の情報を集めているそうでね」
知り合いに、数年前、大国からこちらの国に亡命した貴族がいたらしい。
しかし、足取りが掴めず、探している。
「大人を探すより子供が早いからと」
いやいや。
「なんで、その子供が身寄りがないと分かったんですか?」
「……父親は大国で処刑されている」
母親ひとりで、さらに他国で子供を育てるのは無理だと判断したという。
なんてこった。
「それで、会いたいという貴族は、双子とはどういう関係なんでしょうか」
「亡くなった父親の妹だそうだ」
王都からの書簡では、若い高位貴族の夫婦だということらしい。
「しばらく考えさせて頂いてよろしいでしょうか」
「勿論だ。 あの2人の今の身内はアタトくんだからね」
「ありがとうございます」
深く感謝し、部屋を出る。
「ケイトリン様、失礼します」
家令が双子を呼んで来てくれた。
「次は教会?」
「うん」
広場を歩きながら、僕は何となく2人と手を繋ぐ。
嫌な気分が少しだけ軽くなる。
領主館と教会はすぐ目と鼻の先だ。
「こんにちはー」「お邪魔しまーす」
元気よく蔵書室に突撃。
「おや、いらっしゃい」
「ご無沙汰してます」
最近は本を読む暇もないので、教会には来ていてもここに入るのは久しぶりだ。
ゆったりとした笑顔に救われる思いがした。
「どうかしたのかね?」
ハナの件を話すとすぐに調べてくれることになった。




