第四十一話・釣りの弟子入り志願
「今のなに?、お前ら誰だ!」
突然、子供の声がして、その子がこっちに向かって来る。
ティモシーさんが途中で捕まえてくれた。
僕と同じ年頃の、日に焼けた肌と黒い髪の男の子だ。
魔魚に集中してた僕はビックリして動けず、モリヒトは様子を伺っている。
「あ、すまん。 うちのガキだ、許してやってくれ」
漁師のおじさんが慌てている。
息子といっても親を亡くした親戚の子供を引き取ったらしい。
えーっと、僕は別に怒ってない。 ちょっと驚いただけだ。
ジタバタしていた少年をティモシーさんが放すと、今度はおじさんが捕まえた。
「こら、おとなしゅうしとけ」
「だって!、おっさん。 こいつ勝手に魚、獲った!」
この町では漁師じゃない者が魚を獲ることなどない。
危険だからという理由もあるが、漁師以外はあまり魚を食べないからだ。
「勝手に獲ってはいけないのか。 それはすまなかった」
しかし、もう捌いてしまった。
「一匹だけだから許してくれる?」
僕は、おじさんが手に持った魚を指差して、その子に言った。
「お、おうっ、そんなに言うなら許してやらあ」
「仕方ねえな」と少年が言った。
ヨダレが出てるぞ、正直だな。
名前はトスヴィ、面白いヤツだ。
「トスヴィ、は言いにくいな。 トスで良いか?。
僕はアタトだ、よろしく」
手を差し出すと、トスは頷いて握手してくれた。
この体と同じ年頃の知り合いは少ないので少し嬉しい。
好奇心旺盛なこの少年は、魚醤のお爺さんにとっては孫みたいなもの。
親戚の子だと言ってたから、似ていても不思議ではないのか。
「でもよぉ、何で魚、釣れたんだ?」
『魔魚の餌は魔力だからです』
モリヒトが答えるとトスは少しビクッとした。
まあ、フードを被った大人の男性は怖いよな。
「大丈夫、モリヒトは僕の師匠だから」
そう言ったらトスは納得してくれたが、ティモシーさんやヨシローは笑いを堪えて肩を揺らしていた。
僕を睨みながら、モリヒトはトスに説明してくれた。
小さな魔魚は、大きな魔魚の餌になる。
では、小さな魚の餌は何か。
海中に漂う僅かな魔力である。
「おっさんたちは、餌は使わないで魚がいそうな場所へ網を投げるぞ」
それだと、一か八かの博打になってしまう。
かといって餌を撒くと、より大きくて凶暴な魔魚が寄って来てしまうから危ない。
僕たちの場合は魔力で釣る。
『こうやって、釣り針に自分の魔力を纏わせて海に投げます』
モリヒトが実際にやってみせる。
体から薄く漏れる魔力を操作し、針の先に纏わせ、海に投げる。
餌の範囲が狭いので周辺にいる小魚くらいしか反応しない。
トスだけじゃなく、漁師のおじさんやティモシーさんまでが熱心に見ていた。
『で、釣れます』
あまり漁業が盛んではないせいか、魚たちは警戒もせず、ほぼ入れ食いだ。
「その、魔力ってのはどうやって付けるん?」
モリヒトはトスにニコリと微笑む。
『修行あるのみ、です。 まあ、魔力があればですが』
ぐう、と、トスが黙り込んだ。
ティモシーさんがモリヒトに声を掛ける。
「こんな感じか?」
薄っすらとティモシーさんの体に魔力が滲み出た。
ティモシーさんたち騎士は王都の騎士養成学校で身体強化を学ぶそうだ。
その過程で魔力を体に纏うということをする。
「そうそう。 その魔力を釣り竿の針に纏わせるんです」
僕は自分が持っていた竿をティモシーさんに渡した。
ティモシーさんは何度か霧散させながらも短時間で成功させる。
くっ、早い。
それを海に投げ入れると、すぐに当たりがきた。
「なるほど。 これは体力より魔力勝負だね」
小魚を釣り上げたティモシーさんが納得したように頷く。
『はい。 ですから、魔力さえあれば誰でも魚は釣れます』
んー、モリヒト、それはどうかなー。
「魔力かあ」
トスは見るからにガクリと肩を落とす。
「どうしてオラたちって魔力が少ないのかな」
漁師の義父を見上げる。
「お前はまだ神官さんに魔力開放されていないから分からねえよ」
「魔力開放?」
僕はティモシーさんを見た。
「赤子は産まれた時に魔力暴走を起こさないよう、一旦、魔力を封印されるんだ」
産まれたことを教会に報告すると、神官様が出向いて祝福という名の封印を掛ける。
これを施さないと幼くして命を落とすことが多い。
「そして子供たちは、七歳になると教会に集まって順番に魔力開放の儀式を行う。
そうして、それから徐々に魔法の使い方を教わるようになるんだ」
魔法の使い方といっても生活魔法と呼ばれる簡単な魔法のみ。
「解放の儀式で、その子供の才能を見るんだが、ごく稀に才能に恵まれる子供はいる」
そうなると将来有望として、色んなところから声が掛かるそうだ。
へえ、それは知らなかった。
「オラも魔法、使えるようになるかな」
トスの呟きにおじさんは「解放の儀式次第だな」と答える。
その時に神官様からある程度は教えてもらえるそうだ。
「だから神職は忙しいのですね」
「魔法の指導は子供にとって、いや全ての人間にとって一生を左右するからな」
ヨシローが元の世界とは違う常識を呟く。
神が実在し影響を与えるこの世界、人々の生活に密着した職業が神職なのだろう。
僕が胡散臭せえと思ってしまうのは前の世界の記憶のせいか。
僕は落ち込むトスの肩を叩く。
「量は少なくても魔力はあるんだから、一日に一匹でも釣れたら十分だろ」
干し魚は保存食。
一日一枚作っても十日で十枚。 子供が作るにはそれで十分だと思うけど。
「そうだな。 俺たち漁師が一人一匹づつ釣っても人数分は作れるわけだしなあ」
「投げ網で全然獲れんよりマシだ!」
「このやろ!」
「あははは」
漁港にトスや漁師たちの笑い声が響いた。
その後、モリヒトを師匠として急遽、釣り指導が行われた。
僕は、トスや少し大きい漁師の子供たちを相手に教える。
「おっきな魚が掛かったら無理せずに大人を呼ぶこと。
小さなものでも必ず止めを刺すこと。 危ないからね」
女の子もいたので周りの男の子たちにはしっかりと叩き込む。
将来の嫁さん候補だろう?。 絶対、守ってやれよ。




