第四百六話・商会の新しい店
辺境の町にある食堂で働いていたドワーフの母娘。
鍛治組合の頑固ジジイの甥で、このエンディ領ドワーフ街代表の妻子である。
「良かったですね、親子で一緒に住めるようになって」
「はい。 長期間掛かる覚悟をしていましたが、こんなに早く願いが叶うとは思っておりませんでした。 ありがとうございます、アタト様」
泣くな泣くな、デカいドワーフの大人が。
僕はただ、鍛治組合が妨害工作で辺境地にいる家族を利用しようとしたから、逆にこちらに呼べばいいと思っただけだ。
辺境地の地下街の保安隊を通じて話を持ち掛けると、すぐに何組かの家族はこちらに移住して来たのである。
お蔭様で被害者はいない。
アタト食堂を手伝っていた嫁と孫娘はこちらに移ったが、お婆様は引き続き辺境の町の商人組合で働いている。
しばらく前、小心者の息子が街から逃げ出し、行方不明になった。
お婆様は嫁と孫娘を守りながら、実兄である鍛治組合のジジイと戦ってきた。
保安隊から頼まれて僕が商会本部で匿っていたが、自ら商会の事務仕事を請け負ってくれている。
「息子が元気で生きていて安心しました。 私はここで結構ですよ。 孫と離れるのは寂しいですが、子離れさせて頂きます」
ドワーフの女性は種族内では立場は弱いが、彼女の気概はすごい。
短い付き合いだが、信用出来ると思った。
今では、うちの商会になくてはならない方なので、残ってくれて助かったよ。
食堂1号店は現在、先日救出した子供たちが手伝っている。
「おー、食堂付きの研修施設かあ」
ヨシローが楽しそうに見回す。
先日、当時建築中だった一番大きな建物に食堂を併設してもらった。
もちろん資金は僕持ちだったので、結果、アタト食堂2号店となる。
ちゃんと商会の意匠も看板に付いてるし。
辺境の町の食堂は味や献立も『異世界人』好みだ。
その2号店なのだから、ヨシロー好みなのは間違いない。
「昼食、まだだよね。 ここでどうかな?」
あー、もうそんな時間かあ。
「そうですね、そうしましょうか」
揃って中に入る。
研修室とは入り口は別々になっているが、中は繋がっていた。
カウンター席と数個のテーブル席。
研修室との境に衝立がある。
母娘の他に、同じように辺境地のドワーフ街からやって来た女性が2人、働いていた。
「いらっしゃいませ!」
「あら、アタト様にヨシロー様」
「こんにちは」
昼食には少し遅い時間なので、店内は空いていた。
僕たちはカウンター席に座る。
本来、アタト食堂は昼食時間だけの営業だ。
しかし、一昨日から今日までの三日間はドワーフ街の祭りなので特別に営業中。
食材が失くなり次第終了だ。
「定食二つね」
辺境の町の1号店と同じで、料理は日替わり定食のみ。
厨房には母親が、料理と会計は娘が手伝い、給仕や注文は他の女性たちが担当している。
「かしこまりましたー、定食二つでーす」
「はーい」
今日の定食は魚醤とバターで味付けしたベーコン入りパスタに温野菜の付け合わせ。
飲み物は別注文で大抵はお茶だが、ドワーフたちは酒である。
ここの客はドワーフの職人が多いため、酒は欠かせないのだが、昼間っから酒癖の悪い奴は叩き出されるそうだ。
周りにいるのはゴツいドワーフばかりだから、協力者はいくらでもいる。
「やあ、がんばってるねぇ」
ヨシローは食事中でもドワーフの娘に声を掛ける。
「はい!。 まだ来たばかりで慣れないけど、皆さん優しいし、お父さんもいるから」
研修所の2階はドワーフ街の工房組合になっている。
代表はそこによく出入りしているようだ。
まあ、家族が心配なんだろうが邪魔するなよ。
工房組合では、材料をまとめて安く仕入れ、販売先の信用調査などを行う。
各工房の会計処理の補助に、領主から人族の文官も派遣されていた。
売り上げからいくらか領主に納めてもらうため、領主館との間で綿密な情報交換を行っている。
どうやら何とか上手く回って行きそうだな。
食後の腹ごなしにドワーフ街を見て歩く。
季節は秋から冬に向かい始めた。
昼間は暖かいが、朝晩は冷え込む様になって来ている。
ドワーフを中心とした数軒の工房が長家のように横に繋がって並ぶ。
中央に共有の販売店舗があり、武器や刃物類の試し切り等を行える試験場も兼ねていた。
「旦那さん、一つどうだい。 依頼も受け付けてるよ」
店員に声を掛けられる。
売っている物だけでなく、欲しい物の依頼もここで出来るようになっているらしい。
活気があって何よりだ。
ブラブラしながら宿に戻った。
「へー、いい部屋だねー」
ヨシローも気に入ってくれたみたいだ。
「今日はここに泊まってくださいね」
「ありがとう。 領主館より気が楽だよ」
僕としても近くにいたほうが監視は楽だ。
王女一行が町を去るまでは油断出来ないからな。
そんなわけで、夕食も部屋で取る。
「えーっ、下の食堂に行こうよ、アタトくん」
言うと思った。
「エルフは人見知りなのかも知れないけど、商人になるなら直したほうが良いと思うよ」
いや、アンタが人見知りしなさ過ぎなだけだ。
引き留めておく理由が必要か。
「そのー、僕も『異世界』に興味があってー。 ほら、ティモシーさんとか教会関係者がいる所じゃ聞けないから」
こういう機会がないと訊けない話である。
「そう?。 アタトくんなら、もう色々と知っていそうだけどなー」
「そんなことないですよー」
夕食が運ばれて来る。
それを食べながら話をすることにした。
「俺は東京っていう大都会に一人暮らしだったんだけど、実家は近郊の普通の家庭でね」
両親と妹、田舎には祖父母がいる、ごく一般的なサラリーマン家庭で育った。
大学進学のために都内で一人暮らしを始め、そのまま就職。
仕事に疲れてはいたが、死ぬほどではなかったらしい。
時々「分かる?」と訊かれて、僕は首を横に振る。
「サッパリです」と答えておく。
ヨシローは笑いながら「そーだよねー」と、期待しない。
ただ聞いてもらえることが嬉しくて、ヨシローは饒舌に話し続ける。
きっと溜まってたんだろうな。




