第四百四話・王女の本音と建前
ただの平民が王妃になったというのである。
なんとなく見えて来た。
『異世界の知識』なんていうが、多くは発想の転換程度のもの。
ある程度の学があれば、予想出来る範囲内にある。
まあ、そんなものばかりではないけど。
「つまり、そのお祖母様は『異世界の記憶を持つ者』と間違がわれて王妃になられた、と」
「……はい」
「ですが!」
慌てて護衛の老人が声を上げる。
「大変な努力家であられました。 王妃に相応しい、聡明でお美しい方でございましたよ」
当時の王太子が彼女をいたく気に入り、側妃や第二王妃も娶らなかったというから、かなり愛されていたようだ。
そうじゃなきゃ、とっくに幽閉されてるか、最悪処刑だろ。
僕は不思議に思って訊ねる。
「失礼ですが、今でもご健在ですよね?」
賢い祖母は孫娘の暴走を止められなかったのかな。
「御子をご出産された後から病に伏され、十数年前に身罷られました」
ずっと伏せっていたという。
心身ともに疲れ果て、それでも王族の血を残すという役目も果たされた女性。
護衛の娘が静かに語る。
「息子である現国王様には『異世界の記憶を持つ者』を王族に取り込むことには慎重になるようにと、ご遺言されたそうです」
「……」
立派な女性だ。
「南無」
僕は心の中で手を合わせた。
ご老公は眉間に皺を寄せる。
「その方の苦労と努力を知っている孫のあなたが、何故、さらに『異世界の記憶を持つ者』を集めようとなさるのかな?」
同じ苦労をさせることになるかも知れないのに。
「お祖母様の苦労を見て来たからこそ、大切に保護する必要があると思いましたの」
平民にも惜しまず援助を与えてきた。
しかし、そのままでは力のある者の脅威に晒されてしまう。
王族と対立している時点で、大国の教会の立場は弱いから保護も当てにならない。
まあ、大っぴらに協定スレスレ、いや、王族に取り込むこと自体、本人が望んだとしてもやり過ぎである。
当然、教会や民衆からの抗議はあったはずなのに、有耶無耶にされてきたようだ。
そうか。
国からの募集、選考、そして保護。
すべて本人の意思だとすれば、教会も文句は言えず、後ろ盾は王族内でも権力の弱い王女。
この姫さんは王族や貴族に取り込むのではなく、『異世界の記憶を持つ者』という新しい特権階級を作ったのだ。
だが、それは結局のところ怠惰な者を大勢生み出すことになった。
人間の本質は一度楽を覚えると、なかなか以前のような生活には戻れないからな。
僕としては、他国の事情に首を突っ込むのは避けたい。
あっちの国内だけでやってくれるなら問題なし。
なのに。
「そんな状態なのに、よく我が国のような小国の者まで救おうとなさいますなあ」
ご老公は呆れたという顔で見ている。
「わたくしは」
『異世界人』を助けたい。
それは大国の王女の建前だと分かった。
本音を言えよ、本音を。
姫は少し顔を赤らめ、モジモジし始める。
「本物だと確信出来る『異世界人』に会ったことがございません……」
なんてこった。
僕は天を仰ぐ。
「『異世界の記憶を持つ者』と自称する方には何人もお会いしてきましたが」
問い詰めると、どうも本人ではなく、親戚や知り合いが「そうだった」という話が多い。
その人から聞いた話を『異世界の記憶』だと言って集りに来るのだ。
そうして、その本人はすでに亡くなっているという。
「祖母のこともあり、そういう方々を無下に扱うことも出来ませんでした」
反国王派や教会に弱みを見せるわけにはいかない。
なにしろ、国一番の魔術師が推薦してきた者たちである。
公に疑うわけにはいかなかった。
「国を挙げての事業です。 いまさらどうこう出来ません。その方々がその知識を使い、国に貢献するのなら良いと目を瞑っております」
今では、大国の『異世界の記憶を持つ者』を王女は信用出来ずにいる。
なんて不幸な話だ。
国も王女も、自分を偽り続ける自称『異世界の記憶を持つ者』たちも。
「アタトや」
「はい、ご老公様」
なんとかならんか、の顔でチラチラと僕を見る。
言葉にしないだけ意地が悪い。
僕から言い出すのを待っているんだ。
嫌だよ、絶対。
しかし、正面から期待の圧がすごい。
僕は目を閉じて考える。
どこかに妥協出来る箇所があるだろうか。
「何とか出来なくはないです、けど」
ご老公はホッと息を吐き、客人たちは笑顔になる。
いやいやいや、喜ぶのは早いって。
僕は紙とペンを取り出す。
モリヒトがテーブルの上を片付けてくれる。
「王都の神官に紹介状を書きます。 一度『異世界の記憶を持つ者』の意思を確認する魔道具を見せてもらってください」
判別し、選別しなければ始まらない。
ヤマ神官宛にスラスラと手紙を書く。
「そんなものを見て、どうするんですか?」
護衛の女性が首を傾げる。
「一番胡散臭いのは、魔道具を持っているという魔術師でしょ?。 本物の魔道具を実際にその目で見て説明を受ければ、今までの判別方法が正しいかどうかの目安になります」
この国の教会にたった一つしかないように、この世界には僅かしか存在しない魔道具。
それを使う者と、それを保証する神の声を聞く才能持ちの神職。
本来、意思の確認には、この二つが必要なのだ。
そして神の声を聞く者は教会にしかいない。
封をした手紙を3人の前に置き、ヤマ神官への手紙はモリヒトに渡す。
「ここからはあなたの仕事になります」
「わたくし?」
僕は頷く。
「教会に通って神の信頼を得てください」
「え?」
信頼を得るには寄付をいくら積まなきゃならんのかは知らないが、王族ならそれくらい出せるだろ。
そうして、いずれ教会に認められれば、胡散臭い魔術師に頼らない判別が出来るようになるはずだ。
この世界は神が実在する。
この国では高位貴族と教会は対立しているが、王族は基本的に中立の立場だ。
民の手本となるべき王族が、神の使いである教会を蔑ろにしては拙い。
せめて民には神を敬っている姿を見せる必要がある。
「このままだと、いずれ大国は神罰を受けますよ」
マジだからな。




