第四百一話・姫の希望と『異世界人』
馬車の中で軽く打ち合わせをする。
「ご老公、時間と場所は間違いないのですか?」
宿に向かってるけど大丈夫?。
「ああ、時間も場所も指定はしとらん。 ただ、会う気があるなら逃げるなと書いただけじゃ」
はあ、相変わらず豪気な人だ。
「では、元国王陛下だという話は?」
「ちゃんと書いたぞ。 さすがにただの年寄りでは会ってはもらえないであろう?」
「そうですね」
僕は馬車の揺れに任せるように頷く。
かなり離れた距離から、ご老公の本来の護衛騎士たちの馬の蹄の音が聞こえる。
エルフの耳は優秀だからな。
しかし僕はまだ、この老人が何のために来たのかが分からない。
孫の様子を見るため。
自分の管轄である貴族管理部が不正をしないように見張るため。
勿論、それは間違いないだろうが、それだけではない気がした。
「ご老公は今回の件、どのようにお考えなのですか?」
王族でも高価な空間移動の魔法を使い、王宮騎士団を数名引き連れての登場である。
絶対、大国絡みだろ。
極秘に行動している相手に現役の国王が口を出せないから代わりに来た、というところかな。
「大国では、あの姫を危険視しておってな」
「危険?」
宿に到着したのか、馬車がゆっくりと停まる。
「……そのうち分かる」
ご老公はそれ以上は口を開かなかった。
着いたのは宿の裏口、厩舎からの出入口だ。
さり気なく灰色のマントを頭からスッポリと被ったご老公と共に馬車から降りる。
僕が先頭に立ち、ご老公を挟む形でモリヒトが後ろからついて来ていた。
宿に入ると、なるべく人に会わないように階段を上がる。
「どうぞ」
「失礼します」
姫一行の目が点になっていた。
そりゃそうだ。
さっき別れたばかりの僕が、重要人物の護衛として再び登場するとは思わなかっただろう。
ま、気にするな。
たいした問題じゃないから。
宿の従業員には、一切の世話はこちらでやるので手出し無用と言っておいた。
お茶もキランとモリヒトが用意する。
モリヒトは僕のお茶の席に相応しい美しい茶器を持っていて、久々にそれを使えるのが嬉しいらしい。
普段の僕や商会の皆のお茶の時間には出さない一級品だ。
『器には、それに相応しい場というものがありますから』
どこの年寄りの話だよ。
あー、精霊って寿命ないもんな。
モリヒトはこの世界でもダントツの年寄りだったわ。
『私が何か?』
「いや、べつに」
小領地とは思えない豪華な顔ぶれによるお茶の時間が始まる。
「王都ではご挨拶が出来ず、申し訳ない」
「いえ、こちらこそ。 足を運んで頂き感謝いたします」
他国の王女と元国王が挨拶で牽制し合う。
名前や敬称を使わないのは、どこで誰が聞いているか分からないからだ。
「モリヒト、結界を頼む」
僕は小声で指示を出す。
『承知いたしました』
防御、盗聴避けより一段階上の異空間結界。
この部屋だけが切り離され、魔力では感知出来なくなる。
入り口の扉はあるが、中には何も存在しない。
違う空間になっているからな。
しかし、僕は学習しているのだ。
これを使うと、この場所だけがポッカリと穴が空いたようになるので、探している者からすると逆に目立つ。
だから、わざと魔力探知に引っかかる空間を作っておく。
誰かがいるのは分かる程度のボヤけ具合にすれば、護衛が使う通常の防御結界に見えるはずだ。
「偽装空間は上手くいったか?」
『はい。 さすがアタト様です』
珍しくモリヒトに褒められた。
これでご老公の護衛たちは騒がず、見守り続けてくれるだろう。
カチャッとカップの音がする。
「美味い茶だな」
仲の良さを見せるために、ご老公が僕に話し掛けてきた。
「お褒めに預かり恐縮です。 これは、我が商会で取り扱っております『エルフの薬草茶』でございまして」
商人らしく説明させて頂く。
「ほお」
ご老公も興味深そうに聞いてくれて、つい興が乗る。
「ウォッホン」
姫の護衛にバカでかい空咳をされてしまった。
あははは、すまん。
ご老公も咳払いをして姿勢を直す。
「では、本題に入らせてもらおうかな」
会談を申し込んだのはこちら側になる。
用件を話すのはこちらからだ。
「あなた様の噂は色々と伺っておる。 その上で訊ねたい」
ご老公の顔から温厚な笑みが消えた。
「大国は。 いや、あなたは何故『異世界人』に拘っておられるのですかな」
一瞬、姫の顔が強張ったが、すぐに王女らしい微笑みを浮かべる。
「ほほほ、それは興味深いからですわ。 国の繁栄のため、また『異世界の記憶を持つ者』全ての方々にとって、より良い世界になるようにと思いましてー」
思うようにいかない、今までとは違う世界で、何不自由ない生活を保証し、不安も、敵もすべて排除。
「ご本人が望むままに、好きなだけ能力を伸ばして頂けますし」
「それが、周りに不幸を呼ぶことになっても、か」
ご老公の声が低く響く。
大国側の3人の体がビクッと震えた。
歴代の『異世界の記憶を持つ者』の悲劇を知らないはずはない。
王族や貴族の子弟、教会関係者は必ずそれを学習させられる。
「この世界に来た理由も過程も不明。 突然消えた者もいるが、元の世界に戻ったという確証はない」
つまり、『異世界』への道は無い。
もうそこで彼らの生き方は決まってしまう。
「この世界で生きていかなくてはならない者に、元の世界の生き方を強制してはならないとワシは思うがの」
姫は顔を歪め、唇を噛む。
「何故、ですの。 好きなことをさせてあげているだけですわ」
「この世界で、この世界の住民として平穏に暮らしていくことを多くの者が望んでいる」
それも本人の意思なら、そっとしておくべきなのだ。
「いいえ。 出会った多くの『異世界の記憶を持つ者』たちは、より良い生活がしたいと、わたくしの援助を喜んでくださいましたわ!」
住むところも、金も、協力者も、好きなだけ与えてきた。
大国ゆえ、それが出来る。
「だけど、まだまだ他の土地で苦労されている『異世界人』の方々がいると聞いて、わたくしが手を差し伸べてー」
姫は、この国の『異世界人』を助けに来たと言う。




