第三百九十九話・祖父の杞憂を知る
この館で一番広くて、豪華な部屋に通された。
メイドたちが手を震わせながらお茶の準備をしている。
無理もない。
こんな辺境に近い小さな領地に、元とはいえ国の王を務めた人間が来るとは思わないだろ、普通。
エンディが、人払いをして室内の人数が最低限になったところで話し出す。
「一体どうしたんですか、陛下」
「ワシは王族ではあるが、仕事はもう引退したんじゃ、祖父さんで良い」
嘘つけ。
絶対、貴族管理部の監視に来てるじゃねえか。
だけど、まあ、そのお蔭でモリヒトが無茶しなくて済みそうだ。
「さて、大国の姫の話は聞いておるか」
「はい」
エンディは新妙な顔で祖父を見る。
ふむ、と爺さんは髭を撫でる。
「こっちには来たかね?」
家令や、この部屋にいる精鋭の騎士たちの顔を見回す。
「お前はどうじゃ?、アタト」
さて、どう返答したものか。
僕はコクンと頷いて見せる。
「そうですね。 何日くらい前なのか、その方かどうかは分かりませんけど」
僕は隣領の大旦那が出会った老人一家の話をする。
「何故、早くそれを言わないんだ」
エンディが目配せをして、護衛のひとりが急いで部屋を出て行った。
僕はエンディに文句を言われて、ため息を吐く。
「えーっと、この話を聞いたのは、宴が始まる直前でした」
そんな忙しない時間に話せる内容じゃない。
「その前にも偶然その人たちに会ったんですけど、その時、僕は姫様の名前や特徴を一切知らなかったんですよ?」
どうやって彼らに声を掛けろというのか。
大国の姫様の一行ですかって訊ねるの?。
それって、相手が嘘を吐いて「はい」って言ったら、人違いで済むんですかねー。
「なるほどな。 アタトは悪くはないぞ。 協力を得たいなら、もっと相手を信用しなくてはな」
ウンウンと頷く僕をエンディは悔しそうな顔でチラリと見た。
「ですが、子供を巻き込むことに些か慎重になりまして」
言い訳にガハハとご老公は笑う。
「エンディ。 お前はまだコヤツを子供だと思っておるのか」
それが間違いの元だと断言する。
しばらくして、隣領地の大旦那とお嬢様、そして護衛で文官の青年が入って来た。
僕はお嬢様を手招きして隣に座らせる。
男共は知らん。
「先日、大国の姫がこの国に親善大使としてやって来たのは知っていますよね」
祖父に代わってエンディが大旦那に経緯を説明する。
「えっ、本当ですか?。 ハハハ、まさか、そんな」
図体に似合わぬ小心者の大旦那は事実を受け入れられずに、ただオロオロするばかりだ。
「ご令嬢は知っていたんだな?」
「はい。 神官様から聞いただけですが。 しかし、王都以外の土地に出向いているという話も、行方不明になっているという話も知りませんでした」
当たり前だ。 そんな極秘事項を他家の未成年者に話す者はいない。
「それで……今、その一行はどちらに?」
大旦那もお嬢様も首をブンブンと横に振る。
「少し前に、こちらの領地でお祭りがあることは話しました」
恐る恐る大旦那が口を開く。
「エンデリゲン殿下のことは存じ上げていると、そう仰っておりましたので、もしかしたら」
「いや、こちらには来ていない」
エンディは腕を組んで考える。
「アタト。 今なら姫たちの顔は分かるんだよな?」
エンディの勘は相変わらず冴えてる。
「ええ」
「もしかしたら、どこにいるか、知ってるんじゃないか?」
「ええ、知ってますよ」
なんだよ、皆してポカンとした顔で見ないでくれ。
「なんでそれを早く言わないんだ!」
エンディが立ち上がって抗議してくる。
だけど。
「訊かれなかったので」
姫一行が自国に戻った噂が流れ、僕たちの『探し人』任務は終了した。
見つけたら報告という話はそこで終わっている。
「僕だって彼女たちはもう、こちらにいないと思っていましたから」
「では、こっちにいるのか!」
「いますよ。 この町の宿に泊まってます」
ちゃんとモリヒトの分身が見張っている。
今のところ、逃げ出すような怪しい動きはしていない。
「あー、勝手に動かないでくださいね」
さっそく動き出そうとする護衛たちを止める。
モリヒトが部屋の出入り口を塞ぐ結界を張った。
「何故だっ。 何故、邪魔をする?!」
何故って。
こんな夜遅くに突入されたら、宿にも姫たちにも迷惑でしょうに。
「あの人たちは、身代わりを使ってまで極秘で行動しています。 それを大勢で迎えに行ったら、今までのことが無駄になるじゃないですかー」
エンディはドサリと椅子に腰を下ろす。
「じゃあ、どうしろっていうんだ」
宴用に整えられた髪を掻きむしる。
「簡単ですよ。 向こうが極秘で動いているなら、こちらも極秘で動けばいい」
「ほう、具体的にはどうやって会えば良いのかな?」
ご老公が楽し気に訊く。
「そうですね。 手紙でこっそり呼び出す、なんてどうでしょう」
これなら書いた人と読んだ人しか、内容は分からない。
なんなら、手紙くらい僕が極秘で届けるし。
「では頼もうかな」
ご老公は側近に紙とペンを用意させる。
えっ?。
「お祖父様がお会いになるのですか?」
エンディだけじゃなく、部屋にいた全員が驚く。
「おいぼれの方が警戒されないじゃろう。 あ、アタトや。 護衛はお前さんに頼めるかな」
うーん。 いいのか、これ。
「護衛は構いませんけど」
当然、ご老公の護衛からは睨まれたけど、知らんわ。
僕はサラサラと書いた手紙を入れた封筒を受け取る。
「確かに」
僕はそれをモリヒトに渡す。
モリヒトは一瞬、光の玉になり姿を消す。
3分ほどで戻って来て『部屋に置いて来ました』と告げる。
「ありがとうございました、精霊殿」
ご老公は軽く感謝の礼を取った。
「では、すまんが明日は頼むぞ、アタト」
今夜はエンディの館に泊まるそうで、明日、僕に迎えに来いと言う。
時間を指定しないし、どこへとも言わない。
すべては明日、ということで僕は宿に戻ろうと立ち上がる。
お嬢様も立ち上がり、歩き出した僕に声を掛けてきた。
「あの、アタト様」
顔を近付け囁く。
「その、何かお手伝いすることは」
「大丈夫だよ」
僕はニコリと笑う。




