第三百九十七話・宴の前の相談
案内されて控室に入る。
今日は王都からの客も来ているということで正装に着替えるためだ。
軽く湯浴みをさせてもらい、モリヒトが髪を乾かす。
『少し伸びましたね』
「そう?」
短髪の自分しか知らない僕は鏡を見てもピンとこない。
だいたい僕は自分の髪型に拘りがない。
短い方が楽だし、白いから見た目もあまり変わらないだろ。
『エルフは魔力で容姿が多少変わりますから、髪が伸びているのは魔力が増えているせいかも知れませんね』
そんなものなのか。
まあ、魔力が高いほど魅力的だという話はエルフの村では良く聞いた。
僕には関係ない話だけどな。
貴族用のお高い整髪料で髪を撫で付けようとしたところで、扉が遠慮がちに叩かれた。
『メリーさんと大旦那様のところのお嬢様です』
「分かった。 入ってもらってくれ」
モリヒトは軽く頷くと、扉を開けた。
「ご、ご機嫌麗く」
は?。 どうしたメリー、顔が赤いぞ。
「お久しぶりです、アタト様」
「アタトで結構ですよ、お嬢様。 本日も大変お美しいですね」
これが8歳男子と13歳女子の会話かね。
ヨシローあたりに見られると「ませてる」と笑われそうだな。
しかし、子供でも侮れないのが社交というものだ。
これは将来、貴族となるお嬢様のための練習用の会話なのである。
メリー、お前は論外だ。 礼儀作法を一からやり直せ。
お嬢様は流行を取り入れた、年齢に合った清楚なドレス姿。
今日は大旦那や護衛に眼鏡の側近も連れて来ているはずだ。
わざわざメリーと2人というのは何かあったのか?。
「どうぞ、お座りください」
応接用ソファを勧め、僕は向かいに座る。
モリヒトがお茶を配り、メリーはお嬢様の椅子の後ろに立つ。
メリーは警護のためドレスではなく騎士服だが、新調したらしく、まだ着慣れていない感じがした。
そんなんで何かあった時、大丈夫なのか?。
大丈夫なんだろうなあ、天才だから。
「申し訳ありません、お見苦しいところをお見せしました。 まだ支度の途中でして」
僕は上着も着ておらず、髪もまだ整っていない。
「いえ、問題ございませんわ。 むしろこっちのほうがー」
「はい?」
何だかメリーと目配せしているお嬢様の様子がおかしい。
メリーの悪影響か?。
あれからずっとメリーはお嬢様の館で騎士修行をしているそうで、お互い同年代の女性ということで気安い友人関係になっている。
しかし、悪影響なら引き離すことも考えないとな。
僕が厳しい顔をしていると気付き、お嬢様が背筋を伸ばす。
「実は、お祖父様のことで聞いて頂きたいお話がございます」
「はい。 僕でよろしければ伺いましょう」
場を和ませるために、ぼくはニコリと微笑む。
わざわざ支度中に押し掛けて来るのだ。
少女にとっては重要な話なのだろうが。
如何せん。 僕はまだ子供だ。
お嬢様も聞いて欲しいだけで、解決を希望しているわけではなさそうである。
お嬢様はお茶を一口飲んで、気持ちを落ち着かせた。
「先日、お祖父様が我が家に友人をお連れになったのです」
大旦那と同年代の男性だった。
顔に見覚えがないし、服装も少し変わっているので、他領からの客だろうと感じた。
「王都に書簡を送りたいとのことでした」
大旦那は高位貴族ではあるが、ちと脳筋のため、経済的にはあまり裕福ではない。
最初は王宮への通信便を希望していたが、我が家にはそのような高級な設備はないと断る。
あれは魔力を大量に消費する高価な魔道具で、王宮に頻繁に送る書簡も無い我が家には無用だった。
それで、通りの向かい側にある教会を勧める。
「王都の教会本部なら配達も請け負ってくださいますし。 何より1回だけなら寄付もそんなに高額にはなりませんから」
お嬢様が案内して教会に向かうことになった。
大旦那は過去に色々とあったので、未だに教会の敷居は高いらしい。
「その時、ご友人はご家族を連れていらしたのですが」
娘と孫娘だと紹介された。
「お二人とも美しく、身なりも礼儀作法もしっかり整っていらっしゃいました」
娘は顔も雰囲気も良く似ているが、孫娘は明らかに違う。
でも、自分のように養女かも知れない。
お嬢様は無理矢理、違和感を押し殺す。
他人の家の事情には無闇に踏み込まないようにするのも高位貴族の嗜みである。
教会では何故か、客人に対して神官や司祭までが頭を下げていた。
無事に送信が終わり、家に帰ろうとすると神官に呼び止められる。
「大丈夫ですか?。 粗相はございませんでしたか?」
意味が分からず首をかしげる彼女に神官は言った。
「あれは隣国の王女様御一行ですよ」と。
あー、知り合った高齢の騎士って大旦那か。
そんな気はしてたけど、世間は狭いな。
「そーですかー」
既にクロレンシア嬢は、メリーをお嬢様に預けて辺境伯領に戻っていた。
事情を知る者はいなかったのは幸いだったな。
「特に問題はないかと」
僕はチラリとメリーを見る。
緊張しているのか、立っているだけなのに汗をかいているみたいだ。
「メリーは、その方たちには会いましたか?」
「は、はいっ。 教会まで同行いたしました」
ふむ。
「何か違和感はなかったでしょうか?」
「あー」
メリーは何故か天を仰ぐ。
僕は念の為、メリーに対し極秘として手紙を渡した。
メリーの能力なのか、才能なのかは知らないが、彼女は魔力を察知する。
違和感があったらクロレンシア嬢か、お嬢様に伝えるように頼んだ。
決してその違和感から相手に対して失礼な行動を取らないよう、釘を刺した手紙だ。
「えっと、魔力的には問題ありませんでした」
メリーは、魔力無しの人間を違和感をもって識別出来る。
王女一行には『異世界人』は、いなかったようだ。
「ならば、大丈夫でしょう」
「ですが」
お嬢様とメリーは顔を見合わせた。
護衛中の会話の中でさり気なく。
「『異世界人』に会ったことはありますか?、って訊かれました」
メリーは任務については秘密だと答えたそうだ。
「教会でも暗号について訊ねていらっしゃいましたわ」
あの姫は『異世界人』の勧誘を諦めてはいなかった。




