第三百九十一話・異世界の知識は必要か
個人の能力や『異世界の記憶』なんて、多種多様にある。
だって、その『異世界』自体が、どこで、いつの時代で、元の世界での年齢、職業、性別なんかで能力は全く違うものになるだろう。
極端にいえば、赤ん坊が転生したら、ただの赤ん坊でしかない。
元の世界の姿のまま転移しても赤ん坊だし、こちらの世界で赤ん坊として生まれたとしたら、やはりただの赤ん坊だ。
魔力が無いから生き延びることは難しいかも知れないが、それなら神は、そんな赤ん坊をこの世界に呼ぶことはないと思う。
「『異世界の記憶を持つ』といっても、それが役に立つとは限らない、ということさ。
まあ、俺もたいして役に立ってないけど」
ヨシローは頭を掻く。
『異世界の記憶を持つ者』たちを保護し、その知識で発展させるために彼らを優遇してきた大国。
「そもそも、そんなにたくさん『異世界』から人がやって来るってこと自体がおかしいよ」
「それはー」
ヨシローに反論しようとしたティモシーさんが言葉を濁す。
「まあまあ、ヨシローさんの言い分も分かりますけど」
ティモシーさんにぶつけたところで何も変わらない。
「すべて神がお決めになることです」
「あ、ああ、そうだ。 そうなんだ、ヨシロー。 私たちにはどうすることも出来ない」
この世界には神が実在する。
魔法や種族、才能を決めるのは神だといわれていた。
僕は会ったことないけどな。
「神様かあ」
ヨシローが諦めたように呟いた。
納得したわけではないのだろうが、自分のいた世界の価値観とは違う。
それは分かっているはずだ。
「それでティモシーさん」
僕は改めて問う。
「その探し人は、大国に優遇されていましたか?。 それとも嫌われていましたか?」
ティモシーさんが顔を顰める。
「……嫌なことを訊くね」
「子供なので、単純に気になりました」
優遇されていたなら『逃げる』ことはないんじゃないだろうか。
ヨシローが言うように、役立たずとして冷遇されていたとすれば納得がいく。
『逃げた』者から大国の仕打ちがバレれば民衆から嫌われ、教会からお咎めが来る。
神の怒りに触れる行為だからだ。
詳しい情報を公開せずに探しているのは、もしかしたら、秘密裏に処分しようとしているのかも知れない。
ヨシローは頷きながらも反論する。
「優遇されてても、窮屈で嫌になって『逃げた』ってこともあるかもよ?」
「ええ、そうですね」
僕は頷く。
「でも、ティモシーさんが留学生として会ったということは、相手は王族とか高位貴族の子弟だったはずですよね?」
そういう立場の者なら、そう簡単に国を裏切るようなことは出来ないんじゃないかな。
たとえ、窮屈な環境だったとしても。
僕とヨシローの会話を聞いていたティモシーさんがため息を吐く。
「ヨシロー、アタトくん。 散歩しないか?」
突然のお誘いだが、慣れているのか、ヨシローは「いいよ」と立ち上がる。
僕もそれに習う。
この館は庭も美しい。
散歩には持ってこいである。
ティモシーさんは歩きながら、何気なく声を掛けてきた。
「すまない、アタトくん。 結界だと分かりにくい盗聴避けを頼めるか」
僕は黙って頷く。
庭にある東家で、丸いテーブルを囲んで座る。
昼食を兼ねているので、予め軽食と茶器のセットは用意されていた。
使用人や護衛は東屋の外で待機してもらう。
お茶は僕が淹れようとしたら、ヨシローが立ち上がる。
「たまにはやらないと」
最近は領主館にいるので、あまり自分では淹れなくなったとぼやく。
「喫茶店をやってるのにねー」
あははは。
僕は、外からは普通にみえるが、東屋の中は3人だけの空間にした。
「もう大丈夫です」
「ありがとう」
用意されていた昼食はパンケーキに野菜やハムを挟むものだった。
ヨシローはよほどお腹が空いていたのか、バクバクムシャムシャと食べている。
それには構わず、ティモシーさんが話し出す。
「すまない、アタトくん。 それにヨシローも巻き込んでしまった」
僕は苦笑で答え、先を促す。
「おそらく、アタトくんの予想通りだと思う」
ティモシーさんはわざと無表情を作っている。
「我々が探しているのは、大国の王女だ」
思ったより大物だ。
「『異世界人』なのですか?」
僕の質問にティモシーさんは首を横に振る。
「それは分からない。 ただ、当時はこちらの王族との顔合わせに来ていただけだからな」
要するにお見合いだったらしい。
16歳の、お年頃の王女様。
王太子である兄と、下に弟がいる、3人兄妹。
「こちらの国は王族が多いので、しばらく滞在して気の合う相手を選ぶという話だったよ」
短期留学という形を取り、教室にも出入りして勉強していた。
結局、その時は誰も選ぶことなく半年ほどで帰って行ったそうだが。
「綺麗な方でしたか?」
意味ありげにニコッと笑って訊ねる。
「私はチラッとしか見ていないけど、可愛らしい女性だったと思うよ」
「何か気付いたことは?」
「魔法は使っていたし、教会にも顔を出していた。 ごく普通の女性だよ」
ティモシーさんはあまり知らないと言いながら、ちゃんと情報は掴んでいた。
いつの間にか昼食を食べ終わったヨシローと目が合う。
「魔法が使えたなら『異世界人』ではないね」
「そうですね。 保護していた『異世界の記憶を持つ者』だとしたら、わざわざ他国で見合いなどさせないと思います」
保護するために、養子や婚姻で取り込む貴族は普通にいる。
本人の承諾があり、知識の強要をしないのであれば、問題はない。
しかし、取り込んだ『異世界の記憶を持つ者』を他家に嫁がせることはしないだろう。
まして他国に。
「なんだか、暗いというか、何かを諦めたような、投げやりな態度が見られたそうだよ」
「エンディ様が?」
「ああ、そう言ってた」
あまり良い印象ではなかったようだ。
「私も気になることはあったよ」
僕とヨシローは、ティモシーさんの言葉を待つ。
「たいしたことじゃないが」
護衛も付けずにひとりでいる姿を何度か見かけたらしい。
ティモシーさんの顔が少し赤くなった気がした。




