第三百八十四話・天才の少女の感性
翌日、僕は早朝、キランと共に白馬の馬車を引き出す。
なんのヒントもない、こんな訳の分からない人探しに付き合ってられるか。
「あら?、アタトくん」
「……おはようございます」
こっそり離脱するつもりだったが、馬の世話のためにやって来た騎士見習いの少女に見つかってしまった。
「どうしたの?、こんな時間に」
「ちょっと仕事で隣の領までお使いに行くんだ」
嘘じゃない。
「え!、1人で行く気?。 ダメよ、そんなの。 ちょっと待ってて」
少女は館へ駆けて行った。
『どうします?。 無視して出掛けますか』
「いや。 待つよ」
勝手に僕がいなくなったら彼女が大騒ぎしそうだ。
その方がエンディたちに迷惑が掛かるような気がする。
やがて、クロレンシア嬢を連れた少女がやって来た。
「アタトくん、出掛けるの?」
「おはようございます、クロレンシア様。 実は隣領の次期領主様と約束がありまして」
顔を出してくる。
それだけだ。
先日、剣術大会が行われた街は、クロレンシア嬢も模範試合に出てくれたので覚えているだろう。
「近いので、すぐに戻ります」
片道1日くらいだったはず。
まあ、エンディの領地が狭いだけだけどね。
前領主が金に困って領地を勝手に切り売りしたと言われている。
そこも貴族管理部の怒りに触れたんだろう。
「クロレンシア様、アタトくん1人で行かせるなんて『異世界人』様はひどいです!」
少女はどうやらヨシローに偏見があるみたいだな。
でもなんでクロレンシア嬢を連れて来たんだ?。
呼ぶなら、この家の家令か、僕に仕事を頼んだであろうヨシローになると思うが。
女の子の思考は分からん。
「僕は1人ではないですよ。 ちゃんとキランもモリヒトもいます」
「あっ、そうだった」
やっと気付いたらしい少女がガクリと肩を落とす。
「ごめんなさい。 あたし、いつも早とちりで余計なことしちゃうの」
ふむ。 彼女の母親が騎士になることを頑なに拒否している理由はコレかも知れない。
命のやり取りをする騎士が、このような粗忽者では命がいくつあっても足りない。
もっと精神修行が必要だな。
「では、行ってまいります」
「あっ」
僕が白馬の馬車に乗り込もうとしたところで、クロレンシア嬢が何かを思い付いて声を上げた。
「アタト様、じゃなくて、アタトくん。 この娘も同行させてもらえない?」
「え?」
「は?、どういうことですか」
見習いの少女も驚いているが、僕も驚いた。
「この子に、次期領主候補のお嬢様の姿を見せてあげたいの」
確かにあのお嬢様には年齢不相応な落ち着きがある。
なるほど、師匠としては落ち着きのない弟子に、次期領主のお嬢様を見習わせたいのだろう。
何より、剣術好きの少女同士。
話が合うかもか知れない。
「私も後から行きますわ。 あちらの領主様にそう伝えてください」
こんなところで、どんな人間かも分からない相手をただ漠然と待つより良いかも知れない。
「分かりました。 お弟子さんをお預かりします」
「お願いします」
エンディたち抜きで勝手に話を決めた。
少女は特に何も言わずにポケッとつっ立っている。
「じゃ、行きましょうか」
僕は彼女に手を差し出す。
「えっ?」
「荷物は後で持って行くから心配しないで」
師匠であるクロレンシア嬢が彼女の背中を押して馬車に押し込んだ。
そして今度こそ、馬車は動き出す。
「はい、どうぞ」
馬車の中で僕は少女に朝食のパンを渡す。
「町中を走っている間に食べたほうがいいですよ」
郊外に出ると途端に道が悪くなる。
パンや水筒を口に運ぶのが難しくなるのだ。
「は、はあ」
僕は自分の分を頬張る。
御者席にはキラン、馬車の中には僕とモリヒト。
この少女にとって女性1人は居心地は悪いかな。
「ううん。 うちは男兄弟ばかりだから」
周りが男性ばかりの環境で育ったので、気にはならないらしい。
まあ、飛ばせば今日の夜遅くには到着予定だ。
それまでは我慢してもらおう。
モリヒトも気を遣って、ずっと人型のまま居てくれるようだし。
休憩を挟みながら馬車は町を出て、荒れ地に入った。
エンディ領の郊外は荒れ地が多い。
この辺りはまだまだ放置されている。
彼女の名前はメリイジーナ。
「メリーと呼んでいいわ」
「分かった」
少し落ち着いたのか、ボソボソと話し始める。
「アタトは、すごいのね」
「ん?、何がですか」
メリーはモリヒトの態度を見て、僕がただの使用人ではないことに気付いたらしい。
「あたしバカだから。 ちゃんと見ていれば、もっと早く気付いたのに」
「そんなこと気にしなくていいよ」
僕もわざと誤解させたままにしていたから。
メリーは決して頭は悪くは無い。
理解するのに時間が掛かる、それだけだ。
でも、それは武人としてはどうなんだろう。
「ねえ、メリーは剣の練習では、直感で相手の動きを判断するよね」
だいたいの兵士は、長年の経験で相手の動きを予想して動く。
経験の積み重ね。 それが武人の修行なのだろう。
「うーん、そーねー。 分かんないけど勝手に体が動くから」
若いのに体が勝手に動く。
天才と言われる所以か。
ならば。
「さっき『異世界人』はひどいって言ってたね。 あれは何故?」
「あー、うー、信じてもらえるか分からないけど。 なんかこう、あの人を見てると変な感じがするの」
「変?。 嫌な感じ?、怖い?」
メリーは首をブンブンと横に振る。
「怖いとかじゃないわ。 そんなの兄上たちみたいに稽古でも普通に殺気が飛んでくるもの。 あの怖さには慣れたけど」
そう言って笑うが、天才少女の練習相手にされた兄たちがそれだけ必死だったということだろう。
ご愁傷様である。
「あの『異世界人』には得体の知れない怖さというか、触っちゃいけないって感じなの」
分からないものや知らないものに対して持つ違和感みたいなものか。
子供なら好奇心で逆に近寄りそうだがな。
その好奇心より、気持ち悪いという思いが勝ると。
「じゃあ、僕はどう?」
「ん?、アタトくんはアタトくんだし、魔力がキレイな子だなあとは感じたけど」
ふふふ、なかなか良い感性をしてる。




