第三百八十二話・令嬢のお供の少女
なんとなく話が見えてきた。
大国の目的はヨシローか。
しかし各国には『異世界人』を保護しても、彼らに知識の強制や、住む場所の移動を強要出来ない協定がある。
それに違反すれば教会が黙っていない。
この世界では神が実在する。
民に影響力のある教会の怒りを買うと、神の声により、大国であっても徒では済まないのだ。
「ですから、クロレンシアもお連れください」
は?。 辺境伯の提案に僕は首を傾げる。
「ハニートラップ避けかあ」
ヨシローがボソリと呟く。
いやいやいや、それならケイトリン嬢を連れてくれば済むだろうに。
「普通の令嬢ではなく、女性騎士だからですわ」
夫人と護衛の女性騎士は頷き合う。
まあ、確かにケイトリン嬢では他国の護衛なんかが出て来たら対応出来ない。
しかもクロレンシア嬢は田舎領主の娘のケイトリン嬢とは違い、歴とした公爵令嬢である。
他国人でも女性騎士だからと無下には出来ない。
「分かりました」
クロレンシア嬢がそれでいいなら、僕は構わない。
「よろしくお願いします」
僕は立ち上がり女性騎士に礼を取る。
「はい。 お任せください」
クロレンシア嬢はすでに準備を終えているそうで、明日から一緒に旅をすることになった。
馬車に載せる荷物が増える。
騎士とはいえ女性だし、他国の要人に会うとなるとそれなりに衣装や装飾品に気を使う。
なので衣装箱を預かった。
クロレンシア嬢自身は護衛として同行するため騎馬である。
しかし、公爵家的には女性が1人というのは拙いらしく、馬の世話係だという少女が加わった。
「よろしくお願いします」
元気な女の子だ。
僕の顔を見てニカッと笑う。
同じくらいの年齢だと思われる。
「失礼ですが、貴女はおいくつですか?」
と、僕が訊ねるとカラカラと笑う。
「やっだー!。 おいくつー、だなんて、お嬢様みたい。 あ、あたしは12歳だよー」
彼女は僕をヨシローの従者だと思ったらしく、同じ下働きの仲間だと勘違いしている。
「僕は8歳ですから貴女のほうが年上ですね。 よろしくお願いします」
そう言って握手する。
モリヒトとキランが訂正しようとしたが、僕はそれを止めた。
どうせ深く関わる気はない。
翌朝の出発は朝食後の予定。
別棟の部屋で朝食を取りながら、僕たちはクロレンシア嬢の話を聞いている。
馬の世話係の彼女はクロレンシア嬢の弟子で、将来は女性騎士を目指しているそうだ。
騎士は乗馬が必須である。
そのため、今は辺境伯邸で騎士見習いをしながら馬の世話をしている。
しかし、女性で騎士になるためにはかなりの努力と運が必要になる。
王都の騎士学校に入るためには、家柄と腕が必要だからだ。
「クロレンシア様が目に掛けていらっしゃるなら、剣術の腕は相当良いのでしょうね」
「ええ。 天才というヤツね」
何気なく褒めるとクロレンシア嬢は自慢気に胸を張る。
父親は辺境伯の騎士時代の部下で、領地を継ぐことになった時に一緒に辺境について来たそうだ。
「でも母親が騎士になることを反対しておりますの」
ガサツな少女に嫁の貰い手がなくなると心配している。
クロレンシア嬢は彼女の才能を惜しみ、こっそり手解きをしていた。
「辺境伯夫人が彼女の後ろ盾になってもいいと支援を申し出てくれたのですが」
5人兄弟で女の子は1人、しかも末っ子。
兄たちは既に騎士学校に入っている。
その兄たちも皆、辺境伯の支援を受けているため、これ以上は心苦しいと、母親は頑なに拒んでいるそうだ。
「一人娘なら仕方がありませんよ」
娘には可愛らしくおとなしい淑女になってほしいと夢見る母親の気持ちも分からなくはない。
それでも娘は騎士になることを諦め切れず、今回の同行も自分から志願した。
騎士見習いとして優秀であると認められれば母親には文句は言わせない。
「母親としても、騎士は甘くないのだと身をもって知ってほしい、と」
様々な事情があるにせよ、今回は少し荷が重い気がする。
「もしかしたら、エンディ様の所に行って帰るだけの任務としか言われていないのでしょうか?」
いくら辺境伯の部下でも他国要人の捜索だとは聞かされていないのではないか?。
「あは、あはははは」
クロレンシア嬢が目を逸らす。
はあ、やっぱりか。
僕は頭を抱える。
「でも本当に剣の腕は見どころがあるんです。 辺境地には勿体無いくらい!」
力説されてもな。
これ以上、面倒事を増やさないでほしかった。
しかし、すでに決まったことは変更出来ない。
もし彼女に何かあっても辺境伯家の責任だということで、僕たちは納得させられた。
クロレンシア嬢と騎士見習いの少女とともに、僕たちは出発する。
キランと少女が御者を交代しながら旅を続け、エンディ領に着いた。
一行は広間に通され、代官として領主を任された元第三王子に謁見する。
「お久しぶりです、エンデリゲン様」
ヨシローが正式な礼を取る。
「サナリ殿、今は王籍を離れ、名前もエンディと改めた。 現在は代官という文官だ」
領主の仕事を代行し、領地経営が安定すれば陞爵し、正式な貴族となる。
今はまだ宙ぶらりんらしい。
だが元王族で、母親は今でも国王の側妃。
優秀な文官や近衞騎士も王宮から引き抜いて連れて来ていた。
先日、一緒に戦ったから、よく分かる。
彼らはエンディの傍を自ら選んだ信頼の厚い部下たちだ。
「今夜はゆっくりしてくれ。 明日からは会議が増える」
「承知いたしました、エンディ様」
ヨシローの後ろで僕も礼を取る。
エンディの視線が「後で部屋に来い」と訴えていた。
へいへい、後でな。
夕食にはまだ早い時間。
相変わらずヨシローとティモシーさんが同室、僕はモリヒトと隣の部屋。
キランは、使用人部屋が足りないとかで、僕と同室になった。
クロレンシア嬢は見習い少女と共に一部屋だそうで、畏れ多いと少女がビビッていた。
「侍女の仕事もあるのよ、傍にいないと意味がないわ」
「は、はあ」
仲は良い師弟なので、なんとか話は収まった。
僕は綺麗めの普段着に着替え、呼びに来たエンディの使いと共に部屋を出る。




