第三百八十一話・辺境伯の心配と依頼
この世界の人間には分からないかも知れないけど、この部屋には僕の秘密が詰まっている。
他家の使用人であるキランには、サンテのような制約魔法を勝手に掛けられない。
今回の依頼の中に辺境伯の名前があるということは、キランはあちらからも何か指令を受ける可能性があった。
僕の正体が『異世界の記憶を持つエルフ』であることはバレないようにしないとな。
気を付けるに越したことはない。
キランには今回の内密な話をざっくりと話す。
同行する以上、知っていなければ拙い部分のみだが。
「明日の朝、出発し、一度辺境伯の領都本邸に入る。 そこで更に詳しいことが聞けると思う」
キランの仕事はそこで決まるだろう。
これ以上、僕からは特にない。
「はい」
キランは頷く。
そして、立ち上がって礼を取った。
「全力で任務に当たります」
うん、まあ適度によろしく頼む。
翌朝、まだ薄暗いうちに白馬の馬車は領主館の前にいた。
住民たちに気付かれないうちに町を離れる。
主要な荷物はモリヒトの異空間倉庫だが、少しくらいは見栄も必要ということで着替え等の入った荷箱と旅行鞄が用意されていた。
僕の鞄の中身はウゴウゴだけどな。
盗難防止の魔法が付与された貴族仕様で、中は夜間の寝床用に改造してある。
ウゴウゴも気に入ったみたいだ。
「おはよう、アタトくん」
「おはようございます、ティモシーさん」
ヨシローは朝には弱く半分寝ているので、そのまま馬車に放り込む。
キランは御者席。
最近はかなり厳しく鍛えられているそうで、旅装でも軽く武装している。
「剣より弓矢や投げナイフなど飛び道具が扱い易いようですよ」
と、指導役の老兵から聞いた。
先日の荒れ地でも前衛がガビー、後衛がキランという形だった。
まあ、ほぼガビーが倒していたのでキランの腕の見せ所がなかったけどな。
そういえば猟師に弟子入りしてたと聞いた。
そこで自分に合った戦闘方法を見つけたのだろう。
ジョンと良い友達になれるかも知れない。
影響を受け過ぎると、ちょっと怖いが。
「行ってまいります」
僕は見送りのご領主とケイトリン嬢に挨拶する。
馬車には僕とヨシロー。
モリヒトは乗り降りする時だけ人型だけど、乗ってしまうと光の玉になることが多いので数には入らない。
警護として騎馬でティモシーさんがついて来る。
少ないように見えるけど、どうせ辺境伯からも護衛は付けられるだろうし、このままでも過剰戦力だ。
「気を付けてな」
「はい」
馬車が動き出す。
僕はヨシローを蹴飛ばして目を覚させ、窓から手を振らせる。
かわいそうに、ケイトリン嬢が涙目になってた。
あれからどうなったのか、気にはなっていたので訊いてみる。
「ヨシローさん。 式の日取りは決まったんでしょ?」
朝食に持たされたパンを齧りながら、ヨシローは頷く。
「うぐっ」
返事は食べ終わってからでいいよ、汚いから。
モリヒトが水筒を渡す。
「プハーッ。 とりあえずは次の春の予定だよ」
王都の貴族管理部には連絡済みで、現在は返事待ちらしい。
今は冬に向かっている季節。
あと半年というところか。
長いな。
「ケイトリン嬢とは上手くいってますか?」
僕のような子供がする話ではないが、一応、相談されたから。
「あー、うん、がんばってる」
何を?。
「貴族の作法を勉強したり、体を鍛えたりとか」
まあ、それも大事だろうけど。
「ケイトリン嬢と仲良くする努力はされてます?」
「……」
顔が赤くなるのは進展があった証拠かな。
ならいい。
これ以上、訊ねるのは野暮というものだ。
普通は3日掛かる距離を野営しながら2日で辺境伯領都に入る。
男世帯だし、多少の無理は効く。
「ようこそいらっしゃいました」
辺境伯邸に到着するとガタいの良い家令が出て来る。
「お出迎えありがとうございます。 お世話になります」
ヨシローも顔を引き締めた。
ヨシヨシ、少しは礼儀作法が出来てきたな。
僕はいいんだ、まだ子供だからね。
未成年のうちは同行する成人に任せるのが普通らしい。
「一度お部屋にご案内いたしますが、すぐに夕食となります」
辺境伯夫妻とは食堂での対面になるそうだ。
僕たちはいつもの別棟で、軽く風呂で汗を流して着替えた。
本邸の食堂に入ると、夫妻と護衛騎士のクロレンシア嬢が出迎えてくれる。
「ずいぶん早い到着ですな、アタト様、サナリ様」
辺境伯から声が掛けられ、座るように勧められた。
「お急ぎだと伺いましたので」
ヨシローの他所行きの顔がだいぶ様になってきていた。
食事は和やかに終わり、食後のお茶になって部屋を移動する。
ゆったりとしたソファに座ると少し眠気に襲われた。
ちょっと頑張りすぎたかな。
僕はこっそり頼んで、お茶からコーヒーにしてもらう。
「お疲れのところ、申し訳ない」
「いいえ、大丈夫です」
申し訳ないのはこちらだ。 子供の体はこういう時に困る。
家令を含め、全ての使用人を下げ、盗聴防止の魔道具が起動された。
この部屋には辺境伯夫妻とクロレンシア嬢、そして僕たち一行が残る。
「エンディ様から相談を受け、アタト様に訊ねるように進言したのは私です」
元騎士で体格の良い武人から丁寧な言葉で話されると嫌な予感がするのは僕だけかな。
「最初はサナリ様と騎士ティモシーだけでもよいのでは、と思っていましたが」
辺境伯夫人が身を乗り出す。
「相手は大国の『異世界人』です!。 何をされるか分かりませんよ」
僕の同行を強く望んだのは夫人の方だったらしい。
辺境伯は苦笑する。
夫人は夫をキッと睨み付けた。
「その『異世界人』はまだ若い女性だとか。 婚約なさったばかりのヨシロー様に何かあってからでは遅いのです!」
へえ、女性だったのか。
「あの国は昔から『異世界』の知識を取り込むことに長けておりまして」
色々な所から『異世界の記憶を持つ者』を集めていると噂があるそうだ。
ヨシローは辺境地に居たため、他国にまでは知られていなかった。
だが、エンディが王族を離れて代官として領地を任される話が広まった時、ヨシローの話が他国に漏れたらしい。




