第三百八十話・出張の準備と手紙
ヨシローが白馬の馬車を気に入ってたとは知らなかった。
とにかく、今日は一旦、解散。
早くても明後日の出発らしいので、準備はしないとな。
馬車に乗ろうとした僕にキランが声を掛ける。
「あの、申し訳ありません。 話の内容がよく分かりませんでした」
悔しそうに俯く。
仕方ないよ、キランはヨシローさんに巻き込まれただけだしな。
それでも黙って聞いていたのは使用人としては及第点だと思う。
「帰ってから説明する」
とにかく僕も一度、落ち着いて考えたい。
本部に帰ってすぐに部屋に入り、予定を整える。
「休暇中、特に問題がなかったのなら、そのままの体制でいいか」
バムくんは本部の警護と馬やタヌ子たちの世話。
商会の経理や商談の窓口にはドワーフのお婆様。
サンテやハナの教育係はスー。
食堂と本部の食材や消耗品などの管理は老夫婦に任せる。
休暇の終わったガビーは工房に戻れ。
今回、巻き込まれたキランは連れて行くことになる。
白馬の馬車が必要らしいんでな、ヨシローが。
「えっ、ズルいです!。 私も行きたい」
ガビーはごねるが、これ以上、工房の管理を放置出来ない。
「これは休暇じゃなく仕事なんだ。 諦めろ」
ガビーの腕は誰もが認めている。
あの鍛治組合の頑固ジジイでさえもだ。
だからガビー工房はドワーフ街でも注目されている。
職人たちにガビーの仕事ぶりを見せることが肝心なんだ。
「お前の工房だぞ。 しっかり利益を上げてくれ」
僕も期待してるよ。
「わ、分かりましたー」
僕の叱咤激励にガビーが少し照れた。
夕食時に全員、食堂に集まってもらい予定を話す。
詳しいことは話せないので、領主からの急な依頼で辺境伯領都へ行くことになったとだけ。
「領主様の依頼なら仕方ありませんな」
食堂の主人の老兵には町の警備隊の様子も探ってもらう。
例の重要人物の関係者がこちらに来ないとは言えないからな。
「地下の空き部屋にモリヒトの分身を入れたランプを設置しておく。 何か報告があれば話し掛けてくれ」
ドワーフ母娘の護衛もよろしく頼む。
「承知した」
老夫婦は頷く。
商会に関してはドワーフのお婆様に頼む。
「誰かに無理なことを言われたら領主様に訴えてください」
今回は領主からの依頼でもある。
留守の間くらいは役に立ってくれるはずだ。
僕の商会に何かあれば、次に困ったことがあっても協力出来ないことは分かっているだろう。
それぞれが就寝のため自室に戻った。
静かになった頃、サンテが僕の部屋にやって来る。
「アタト、あの、少しいい?」
「うん。 どうしたの」
手紙を整理していた僕は、執務用の机の傍にサンテを招く。
モリヒトが椅子を勧め、サンテは素直に従った。
「おれ、アタトと一緒に行かなくていいのかなって」
うん?。
「なんの仕事か知ってるのか?」
「ううん。 でも、おれがいた方がアタトの役に立つんじゃない?」
おお、そりゃあ誇張でも何でもなく助かるのは確かだ。
でもな。
「悪いが、今回は連れて行けない」
他国絡みだ。
何が起きるか分からない。
それに、王都で双子に出会った時、2人はわざと身なりを汚くし、髪色も変えていた。
それになんらかの意味があるのなら、あまり人前には出さない方がいい。
「サンテにはハナと、この本部に残っている皆の世話を頼むよ」
キランが不在になるから、執事修行中であるサンテの仕事はたくさんある。
しかも、どうせ僕がいない間にもトスはやって来るんだろ?。
「2人で修行もキッチリやれよ」
モリヒトがサンテ用に作った硯と、僕が魔道具屋で買って来た筆を渡す。
「これでしっかり練習してくれ」
墨はトスが作ったものがあるはずだ。
太い筆を手にしたサンテは目を輝かせた。
トスにも同じものを用意してある。
「ペンとは勝手が違うから気を付けてな」
墨を服や内装に溢さないように日頃から注意はしているが、筆は墨を思わぬ場所に弾く。
この部屋ではやらせないぞ。
「あ、でも、もし必要になったら呼びに来るよ」
もしかしたら、サンテの『鑑定』の能力が必要になるかも知れない。
相手が本物の『異世界人』ならな。
王都のヤマ神官でもいいが、あっちは教会幹部だし、こっちの都合だけでは動かないだろう。
「ごめんな、サンテ。 我が儘で」
そんな手を使わずに済むなら、そのほうがいいんだが。
「分かった」
サンテは嬉しそうに笑った。
翌日、僕は溜まっていた手紙の返事をまとめて書く。
食事も部屋でひとりで済ませ、誰かへの指示もモリヒトを通し、一歩も出なかった。
『アタト様、がんばり過ぎです』
モリヒトは渋い顔をしている。
「ん。 やれるだけやるさ」
僕はいつ戻って来れるか分からない。
もしかしたら、この町にも、この国にもいられなくなるかも。
そんな悪い想像が頭から離れない。
「じゃ。これ、配達頼む」
『承知いたしました』
湖の町の女性神官はかなり上達している。
まだ僅かではあるが、文字に魔力が乗るようになってきた。
ヤマ神官に対し、その旨を書いた手紙を送る。
きっと彼女は教会内で出世するだろう。
エンディ領の隣、大旦那はどうしているのか。
次期領主のお嬢様からは報告が来ていた。
「ちゃんと領兵たちの配置も考えたみたいだな」
大旦那は僕の案を全て呑んだわけではなく、ある程度は残したらしい。
そこはお嬢様とも相談したみたいだし、いいんじゃないか。
エンディ領に行く時には通るし、様子は確認するつもりだ。
その辺りも簡単に手紙に書いてモリヒトに渡す。
気付かないうちに夕方になっていた。
「あのー」
自分の準備を終えたキランがやって来る。
「あー、キラン。 すまんな、説明がまだだったか」
キランがコクコクと頷く。
モリヒトは手紙の返事を各所に届けに出ていて僕ひとりなので、自分で2人分のお茶を淹れた。
キランがやりたそうにしているが、この部屋のものは基本的にモリヒトか僕しか触れないようにしている。
キランは今でも辺境伯家の使用人で、給金もあちら持ち。
常に身近にいるし、家の執事として仕事に関しては信頼しているが、信用はしていない。




