第三百七十話・犯人の話と信用
これだけ町中が騒がしくなれば、普通の悪党なら早くずらかろうとするだろう。
つまり、焦ってるはずだ。
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「なんだ、まだここにいたのか。 おい、見習い。 早いとこガキ拐って逃げるぞ」
「あ、あの、やっぱり僕はー」
「うん?。 こんな辺境の教会で見習いは嫌だって言い出したのはそっちだろ」
「そ、そうですけど、アレは酒に酔って」
「アッハハハ。 今頃そんなこと言っても無駄だよ。 支度金を受け取ったお前は俺たちの仲間だ」
「か、返しま」
「返そうが返すまいが、そんなことは関係ない。 お前は俺たちの計画を知ってしまったんだからな」
「そんな」
「サッサと子供を連れて来い。 ここならいるだろ、教会の中庭なんだから」
「待ってください!。 ああ、ハナ、逃げて!」
「見習い神官さん、お兄ちゃん知らない?。 キャアアー」
「おっと、静かにな。 田舎にゃ勿体ないくらい可愛い子だな」
「うぐぐ」
「まあ、これでうちの統領も満足してくれるだろ。 さあ、行くぞ」
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「行くぜ、モリヒト」
『はい』
僕は手のひらに結界を纏わせ、丸薬を二つ取り出す。
それを飛ばすとモリヒトが風で方向を修正し、見知らぬ男と見習い神官の若者の顔にぶち当てる。
「いってぇ」「ひぃぃ」
鐘楼から飛び降りる間に、見知らぬ男がハナを抱えて逃げる。
「クソッ」
「バカだな、逃げられるわけないのに」
アイツらは広場を避けて逃げるだろう。
裏通りにはきっとジョンがいる。
『私が仕留めてもいいのですが?』
「モリヒトは町中で動くのは苦手だろ」
自然の中なら力を発揮出来る精霊でも、町中の人が多い場所で建物を壊さないように攻撃するのは難しい。
僕たちは町の出口近くに先回りする。
男の足音、そして追っている複数の声や足音。
『匂いがキツくなりました』
「ああ」
聞こえて来たのは子供の声。
「待てー」
「サンテか」
僕たちも急いで移動。
町の石垣を背に、ハナを抱えた男がいる。
「ハアハア」
かなり疲れている様子が見えた。
「あ、アタトさん!」
サンテが振り向く。
「アタト様、モリヒトさんも。 お疲れ様です」
一緒に教会警備隊の若者がいた。
「例の不審者ですね」
「はい」
ハナを抱えた男と向き合っていると、人が集まり始める。
「だ、誰か助けてくれ!。 俺はこの子供を怪しいヤツから押し付けられたんだ。 俺は被害者だー!」
男が哀れそうな声で訴える。
子供を抱えていては逃げられないと判断したのか、ハナを地面に降ろす。
だが、ハナはぐったりとその場に倒れ込んだ。
サンテが前に出て叫ぶ。
「そいつの言ってることはデタラメです!」
「なんでそんなことを。 皆!、子供の言うことを聞くのか」
グッと唇を噛んだサンテが男を睨みつけた。
「おれには視えるんだ。 アンタの職業は『詐欺師』だ!」
そして、後ろから一陣の風が追いかけて来る。
「ハナを頼むぞ、ジョン」
僕は、呟く。
風に乗って飛んだ黒い影が、男の足元からハナを掬い上げて離れて行くのを見た。
「結界!」
男だけを強固な結界で囲む。
「グェッ」
真空の結界に。
僕は肩をポンッと叩かれて振り向く。
「アタトくん、そこまでだ」
ティモシーさんが僕に結界の解除を求める。
「はい」
仕方なく結界を解除した。
このまま、息の根を止めてやっても良かったんだがな。
教会警備隊が駆け寄り、男を拘束する。
見物人たちを引き連れて、警備隊は教会へ引き上げて行った。
気配もなく、背後からジョンの声が聞こえる。
「ごめん、アタト。 他のヤツを追ってたから出遅れた」
仕事仕様のジョンだ。
「ハナ!」
サンテがぐったりしているハナに駆け寄って揺する。
『大丈夫ですよ。 少しびっくりして意識が飛んでいるだけです』
モリヒトがサンテを宥めた。
『一度商会本部に戻りますか?』
立ち話もなんだしな。
僕は頷く。
「サンテ、ジョン、ティモシーさん。 一緒に来てください」
「ああ、分かった」
全員が頷いたのを確認して、空間移動した。
本部地下の僕の部屋だ。
「適当に座って」
モリヒトが全員に清潔の魔法を掛け、ハナを僕のベッドに寝かせた。
「ジョン。 追ってた奴は片付けたのか」
「ああ」
モリヒトがお茶を配る。
「すみません。 これから話すことを内緒にしてほしいんですが、よろしいですか?」
僕はティモシーさんを見て言う。
「分かった。 神に誓って誰にも話さない」
「ありがとうございます」
さて、何から話すかな。
「まず、今回の件、犯人が捕まって良かったです。 ご協力、ありがとうございました」
ハナも無事で良かった。
他に仲間がいたとしても、これ以上は騒ぎを起こさず逃げてくれると思う。
「お願いは二つです」
僕は指を2本立てる。
「一つはサンテです。 魔法の修行中でして、それが少し珍しい魔法なので広めたくないんです」
「視える」と言ってしまったが、まあ、子供の言葉なので、まだ誤魔化せる。
「なるほど。 あの場所にいた者たちに勘違いだったということにしたいと」
「はい」
教会は日々多くの住民が出入りする。
だから、そこで噂を撒いてもらうのだ。
教会の高位神官が使う魔道具。
それを魔法として使える子供がいるのを知られるのは拙い。
サンテには魔法を人前で使わないようにさせている。
「特に教会には知られたくない、と。 それは私が何とかしよう」
「お願いします」
もう一つはジョンである。
ティモシーさんの目がすでに警戒していた。
「ジョンのことは、見なかったことにしてください」
ティモシーさんが珍しくムッとする。
「やはり、あの黒い影はお前だったのか」
ジョンに向かって声を掛ける。
ティモシーさんも確証はなかったのかも知れない。
だけどバレるのは時間の問題だと思う。
なら、こちらから告白したほうが良い。
「ティモシーさんならご存知でしょう。 幼少期に特殊な環境や衝撃を受けるとかかる心の病を」
「特殊人格、か」
元の世界でいうところの『多重人格症』である。
「ジョンは貧民でした。 以前、勤めていた貴族家に気に入られようと必死だったんです」




