第三百六十四話・秘密の行動と正義
ロタ氏はずっと彼らの動向を探っていたらしい。
「アタト様から来た手紙で、まさかと思いましてね」
町の隅で見知った顔に気付いたのがキッカケになった。
「何故、こんなところに」
そう思っていたところに僕からの探し人の依頼。
ロタ氏はあの頑固ジジイも、反抗出来ない甥っ子のことも良く知っている。
この領地は地盤が弱く、新たなドワーフ街を造る作業も難航している中、嫌な噂も流れて来た。
「子供や弱い者を拐って来て、こき使ってる奴らがいる」
腹が立つのは、それをドワーフたちが地下街を造るためにやっているのでは、と言われていることだ。
「そんな体力もない子供や根性のない奴にゃ、任せられませんよ」
声を落としたロタ氏はかなり不機嫌である。
「助け出すにはどれくらい掛かります?」
僕の質問に、ロタ氏は僕の顔をじっと見て言う。
「金ですか?、それとも時間ですかい?」
僕は呆れて肩をすくめた。
「両方、ということですか」
その返事にロタ氏はニヤリと笑う。
「ああいう奴らは金に目が無い。 釣り出すには儲け話が必要だろう」
無理矢理強襲しても逃げられては困る。
また違う所で繰り返すからな。
少なくとも黒幕、頭領は抑えなければならない。
金の匂いをさせた儲け話で、この町から離れない様にする必要があった。
「でもアタト様とモリヒトさんなら、あんな奴ら、すぐ捕まえてくれるんでしょ?」
ロタ氏は僕たちが救出に来たと思っている。
僕だって、子供たちが犠牲になっていると聞けばすぐにでも動きたいが、ここは他領地。
しかも領主は着任したばかりのエンディだ。
下手に動けない。
「何故です?。 サッサとやっつけたほうが領主の名声も上がるでしょうに」
「いや。 エルフやドワーフに偏見を持つ人族はそれなりに居るんだ」
その力を借りたとなれば、王宮の貴族管理部でのエンディの評判が落ちる可能性もある。
「じゃあ、子供や知り合いが苦しんでいるのを、ただ見てろって言うんですかい」
ロタ氏は案外短気だな。
こういうのは準備が必要なんだよ。
「僕は秘密裏にエンディ様に伝えて警備隊が動けるようにしてもらう」
保護する人数にもよるが、他領に住む僕たちではこの町の住民の協力を得られるかは分からない。
だから領主に動いてもらうのだ。
「僕たちはたまたま立ち寄った商人」
そして運良く手助けした者。
手柄はエンディにくれてやる。
「あと2日欲しい。 その間にこれで奴らを足止めしといてくれ」
魔獣素材の売り上げがたまたま手元にあったのでロタ氏に預ける。
「承知した。 で、他には何をすれば良い?」
ロタ氏は熱くなっていた気持ちを落ち着かせて、話を聞く体勢になる。
僕の計画を聞いた後、ロタ氏は夕食もそこそこに宿を出て行った。
ついでに僕は宿の主人にも頼み事をする。
「へい。 2、3日中に連れて来る者たちを預かればよろしいんで?」
人数としては多いかも知れないと言うと、宿の主は胸を叩いた。
「アタト様には助けて頂きましたから」
「ありがとうございます」
助けてもらったのは僕のほうだがな。
僕は一度商会本部に戻り、キランにしばらく不在にするので、その間の対応を頼む。
「承知いたしました」
そのまま塔に飛び、ドンキに話を持ち掛ける。
「そ、そりゃあ新しいドワーフ街にも治安隊はあったほうがいいっちゃいいですけど」
「少人数でいい。 治安隊を貸してくれ」
アワアワしながらロタ氏の兄に話を持ち込みに行ってくれた。
後は、エンディか。
久しぶりの再会は気が重い話になったな。
真夜中になり、今度は新しい領地の領主館に向かう。
モリヒトに姿を消してもらい、エンディの部屋に入る。
「……予告くらいしろよ」
「すまん、緊急の用事なんだ」
警備兵を抑えてもらい、寝室で話をする。
「噂は聞いている。 ドワーフが動いているな」
新しい町には様々な者たちが入り込んでいる。
「私は何をすれば?」
僕は首を傾げる。
「エンディ様なら、もう何か計画を立てていらっしゃると思いましたが?」
むう、と顔を顰めて「忙しいんだよ、私は」と、文句を言う。
建前は必要だ。
「本来の僕なら、勝手に乗り込んで解決します。 でもそれだとエンディ様が困るでしょ?」
「ああ、そうだな。 でもアタトなら王宮は何も言わないと思うが」
ナニソレ。
まあいい。 まずは情報のすり合わせから始めよう。
「こちらでも拠点は把握されていると思いますが、ドワーフたちが見張っています」
ロタ氏の話では古い商館を使っている。
「一応警戒はしているが、以前からいる裏組織らしいぞ」
さすがエンディも情報は掴んでいた。
領地の崩壊で裏から表に出て来た組織らしい。
「2日後にドワーフの治安隊がこの町に入ります」
「はあ?、なんだそれは」
「ドワーフが悪者にされて怒ってます。 辺境地のドワーフ街の治安隊が動いて、新しい町でも結成するようです」
嗾けたのは僕だけど。
「その時にエンディ様の警備隊と連携して、一気に潰しましょう」
エンディが頷く。
「分かった、手配しよう。 しかし、お前ならすぐに動きそうだが」
「人質がいるんです。 別扱いで救出しますので」
ロタ氏が手を出せないでいたのは、知り合いのドワーフが働いているからだ。
今頃は僕の金を持って行って交渉しているはずだ。
「その交渉役のドワーフは大丈夫なのか?」
「問題ありません」
ロタ氏はドワーフの行商人としてはそれなりに有名なので、怪しまれてもいきなり亡き者にはされないだろう。
内部情報を掴んでもらうために、わざと商館に入ってもらった。
「では、明後日の夜にはドワーフたちが動きますので、それまでは町を出入りする者に気を付けてください」
大物を逃がさないように。
「分かっている」
さすがエンディだ。
僕は領主館を出て、例の商館を確認に行く。
町外れにあるのは助かる。
『突入しますか?』
やれやれ、うちの眷属精霊はやはり物騒だ。
ロタ氏の気配は地下にあった。
やはり捕まってるな。
「モリヒト、様子を見て来てくれ」
『承知いたしました』
お蔭で、内部の状況が分かる。




