第三百六十二話・属性の可能性の話
現在、この家の結界の中にいるのは僕、モリヒト、サンテとハナの双子に元暗殺者のジョン。
「無属性、という可能性はありますか?」
ワルワさんは驚きながらも僕の話を聞いてくれた。
「ふむ」
珍しく研究資料を持ち出してくる。
「無属性魔法は、その昔、『異世界の記憶を持つ者』が発見したと言われている」
僕はゴクリと唾を呑んだ。
人族は何故か、目に見えないものを敬遠しがちである。
人族の概念では無色は目に見えないので、色として認識されていなかった。
「それまでは、魔力を持ちながら魔法を使えない者は魔力量が足りないと思われていたんじゃ」
普通の人族は魔素を体内に取り込み、魔力に変換する。
魔力があれば、魔石や魔道具を使って魔法を発動することが出来るのだが、たまにそれが出来ない者がいた。
「魔力を体内で上手く作れないのではないか、と言われていてね。 多くは魔力解放後、しばらくして亡くなっている」
未熟な子供に多い症状だったようだ。
「ある教会に保護されていた『異世界の記憶を持つ者』が、そんな子供たちを哀れに思い、何か出来ないか考えた結果『無属性』という概念が生まれた」
無色の属性魔法もある、と判断されたのだ。
しかし、何故か広まっていない。
ワルワさんはジョンに訊ねた。
「教会の神官の魔法はどんなものがあるか、知っているかね?」
「えっと。 怪我や病気を直す光魔法、でしょうか」
ワルワさんはウンウンと頷く。
「回復や浄化といった光魔法は、魔力検査で僅かでも素養が見つかれば教会で保護し、修行によって会得することが出来る」
しかし。
「教会で、司祭や神官といった高位の神職者でも魔道具に頼らなければならない魔法がある」
魔法ではなく、魔道具。
「才能があるかどうかの判定とか?」
サンテはヤマ神官に握らされたコインを思い出して答える。
「そうじゃ。 よく分かったな、偉いぞ」
ワルワさんはサンテを褒める。
教会に縁がなかったジョンは悔しそうだ。
「まさか……『鑑定』ですか?」
僕は恐る恐る訊ねる。
「うむ。 さすがアタトくんだ」
教会で重宝されるのは回復や治療の魔法、次に浄化や清潔の魔法。
どれも光魔法だ。
しかし、高位の神官や司祭といった教会幹部しか知らない魔法がある。
それが『鑑定魔法』
「光魔法の才能があっても使えない魔法だと言われている」
ワルワさんは資料の一部を指差した。
現在ではコイン型魔道具として、子供の才能や『異世界の記憶を持つ者』の意思を確認するためにつかわれている。
だが、その魔道具でさえ発動させるには、かなりの魔力が必要らしい。
そりゃあそうだ。
『鑑定魔法』が無属性の魔法ならば、光属性の神職者が使うには大量の魔力が必要になる。
それが一部の神職者しか使えない理由だった。
もし神職者が無属性の魔力持ちだったら、大量の魔力も、魔道具も使わずに済む。
『異世界人』もわざわざ王都に行かなくてもよくなる。
「無属性持ちは、才能無しとされた者の中に極稀に存在したそうじゃ。 しかし、彼らは教会に所属しておらん」
光魔法持ちではないから。
魔道具で判断出来るのだから、わざわざ神職にする必要もない。
納得いかない顔をしていると、ワルワさんは僕の肩をポンッと叩く。
「その『異世界の記憶を持つ者』自身が、たまたま無色の無属性持ちじゃったようでな」
魔力持ちだったということはヨシローのような『異世界人』ではなく、僕のような『異世界の記憶』を持って生まれた現地の者。
しかし、才能無しとされていた。
ワルワさんの資料によると、最初に『鑑定魔法』の魔道具を作ったのは神からの御神託だったそうだ。
誰もが子供たちの未来のため、そう信じて疑わなかった。
この世界の赤子の死亡率は高い。
様々な理由はあるだろうが、一番多いのは魔力暴走らしいからな。
子供が七歳になると、教会で魔力解放の儀式が行われる。
大人たちの言う事にちゃんと従うようになったと判断されると、簡単な魔法や便利な魔道具を使う許可が出るということである。
その時、教会ではついでに子供たちの才能を調べ、特別な才能があればその道へ進むように勧誘することがあった。
しかし、普通の人族は微量の魔力しか持たない。
属性など判別出来ないほどの量であり、才能ありと認められた者でさえ、訓練によって魔法が使えるようになる程度。
だから人族が属性の色に拘るのは、光属性くらいらしい。
そうか、じゃあ僕もあまり拘らなくていいか。
「その『異世界の記憶持ち』が魔力異常の子供たちを救おうとしていたのは事実じゃ」
しかし『異世界の知識』は使えない。
結局、教会で採用されたのは光魔法を判別出来る魔道具だけだった。
そうして『無色の属性魔法』は、知識としては残っているが、それだけである。
教会はクソだな。
せっかくの『鑑定魔法』も宝の持ち腐れにした。
「便利なのに」
僕が顔を顰めて呟くと、ワルワさんが「そうだな」と頷く。
「おそらくじゃが」
ワルワさんは、無属性魔法が公表されなかったのは『鑑定魔法』が大量の魔力を必要としたからだろうと言う。
「子供にそんな危険な魔法は使わせられんよ」
魔法が使えるようになるには訓練が必要になる。
何度も発動し、成功と失敗を繰り返して感覚で覚える。
当時の『異世界の記憶を持つ者』も、子供には危険と判断したんだろう。
しかし、ここに魔力量を気にせず『無属性魔法』を使える子供がいる。
「サンテ、覚えてみるか?」
スライム型魔物の判定は、サンテの魔力は無色である。
「俺が?」
戸惑うサンテに、僕はワルワさんの資料を見せる。
「ここに書いてある魔法を覚えたら、神職に成れると思うよ」
「うんむ。 サンテくんさえやる気があるなら、資料は貸し出すぞ」
サンテは妹のハナと顔を見合わせた。
ハナは笑って頷く。
「お兄ちゃん、がんばって」
「分かった。 やってみる」
『無属性魔法』を見つけた『異世界の記憶を持つ者』の文章は暗号で書かれていた。
つまり、日本語だ。
ふっふっふ、ついでに僕も覚えようかな。




