第三百六十話・商会の事務の話
さすがドワーフの名家のお婆様だ。
しっかりとした受け答えに安心感がある。
「それなら、そちらのお婆さんにうちの商人組合に来てもらって、人族の経理を学びながらアタト商会の経理をしていただくというのは如何でしょう?」
商人組合のオネエサンは何故か前のめりである。
いくら領主に頼まれたからって、そこまでやるか?。
あー、モリヒトの前だから繋がりを持ちたくて必死なのかな。
大ファンだし、今もチラチラ見てるし。
「分かりました。 検討させて頂いて、後日連絡します」
今日のところは帰ってもらう。
ちょうど老夫婦を広場に迎えに行く時間だったので、ついでに荷馬車で送らせた。
はあ、一体どういう風の吹き回しだ。
僕は地下の自室に入って遅めの昼食にする。
「アタト商会は注目されていますから」
キランがお茶を淹れながら、そんなことを言う。
領主としては、上司である辺境伯のためにもアタト商会を失敗させられない、ということか。
「それと商会の内情を把握したいというのもあるんだろうさ」
僕はこっちのほうが大きいと思う。
商人組合は領主と繋がっているのを隠していない。
『どうせ報告する必要があるのならば、勝手にやってもらえばよろしいかと』
モリヒトは面倒そうな顔をする。
わざわざこちらから報告しなくても、やってくれるならそれも良いか。
『商会として、これからは領主様に対して税金を納めることになりますから』
ああ、拠点にする建物や店の大きさで決まるって話だったな。
僕はドワーフの妹御を部屋に呼んで話を聞くことにした。
「すみません、色々と」
「いいえ。 こちらは保護して頂いた身。 盗み聞きしていたわけではありませんが、口を挟んでしまい申し訳ありませんでした」
妹御はドワーフ街の話がどうなったのか気になって、僕の様子を見に来たらしい。
業者打ち合わせ用の部屋といっても、使用人控室に併設された仕切りで区切られただけの場所。
声は駄々漏れだったな。
今回は防音結界も施していなかったし。
僕は改めて、ドワーフ街の治安隊と交渉した話をする。
「オホホホ。 それは兄にとっては悔しいと思いますわ」
鍛治組合の横暴には身内としても手を焼いていたそうだ。
ドワーフ族は女性の立場が弱いため口を出せずにいたが、そんな中で息子の失敗と失踪で妹御も当事者になってしまう。
兄の干渉に、妹御は逃げ出すしかしなかった。
「本当に、この度はありがとうございます。 わたくしに手伝えることがございましたら、何なりと」
そう言ってくれるのはありがたいが、きっと息子の嫁と孫娘を思ってのことだろうな。
「今後のことを考え、働きたいということでよろしいですか?」
「はい。 勿論でございます」
鍛治組合で帳簿整理を手伝っていたことはあるという。
「モリヒト、最近の帳簿を出してくれ」
実際には、商会としてはまだ動き出したばかりなので、そんなにたいした量の事務作業があるわけではない。
「ドワーフ工房と漁師の爺さんの代理販売の露店。 広場の食堂の3店舗です」
それぞれの売り上げと仕入れ、費用計算くらいである。
『どうぞ』
それを妹御に見せて反応を見る。
「拝見させて頂きます」
パラパラと紙に目を通す姿はベテランの事務員さんぽい。
キランにお茶を出させる。
じっくりと見ていたが、最終的には。
「大変大雑把です、としか申し上げられませんわ」
だろうな。
人族とドワーフ族、そして僕という『異世界の記憶を持つ者』では、考え方も経理のやり方も違う。
それを人族の経理に合わせていく必要がある。
「あの人族のお嬢さんのお話は、お受けしてもよろしいかと思います」
ドワーフのお婆様が商人組合に出向し、うちの経理をしながら人族の事務のやり方を学ぶ。
それはこちらとしても助かる話だが。
『ここにいるより、町中の人族の目がある場所のほうがあちらも手を出し辛いのではないでしょうか』
辺境の町には以前よりドワーフの姿も見かけるようになっている。
鍛治組合から依頼されてやって来るドワーフもいるかも知れない。
「襲撃されるとしたら、この本部のほうが対処し易いのに?」
なんで、わざわざ町の中に連れ出すの?。
僕は首を傾げる。
『こちらだと地下から侵入することも出来ます』
魔獣被害に紛れて暴れることも。
家柄や世間の目を気にする者なら、大勢の人のいる前で物騒なことはしない。
『それに、この建物に匿うだけでは、やってることはあの頑固爺さんと同じ軟禁ですよ』
うん、そーだねー。
ある程度の自由、仕事、そして。
『こちらにも情報を流してもらえばよろしいかと』
お互い様ということか。
僕は頷く。
「分かりました。 では一度、町の様子などご覧になってください。 ゆっくり休んで頂いてからでも構いません」
慌てて働く必要もない。
「ありがとうございます」
お婆様は穏やかに微笑んでいる。
僕はキランにお婆様一家の対応を任せ、下がってもらう。
僕はその間に商人組合との間で契約の話をまとまる。
「人件費をどちらが持つのか。 組合内に場所を借りるなら家賃は発生するのか。 色々、確認しないとな」
メモを書き出す。
正式に交渉するのが商会長としての僕の仕事だ。
『大丈夫ですよ。 必ず向こうには条件を呑ませますので』
モリヒト、お手柔らかにな。
「ついでにお婆様の息子も探せるか?」
『全く面識の無い者については、魔力の気配も掴めませんので無理ですね』
そうかー。
地味に情報を集めるしかないな。
僕はロタ氏に捜索を依頼する手紙を書く。
噂くらいは教えてくれるはずだ。
夕食は2階の来客用の食堂で、お婆様一家と一緒に取る。
一応、客だからな、今のところ。
「うちの料理人は、昼は町で食堂をやっています。 町に行ったらぜひお寄りください」
商人組合にも近い。
勤めることになったら、一緒の荷馬車で通勤になるな。
「あの、私たちをその食堂で働かせていただけませんか」
息子の嫁と娘も働きたいと言う。
嫁は中年のご婦人だし、孫娘はもう成人している。
お婆様が許可すれば、と答えておいた。




